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「なぜここにいる」
「あ、の」
 問い詰めるような目と声に、決めていた覚悟がしぼんでいく。
 後ろ手に戸を閉めた虎兄ちゃんに、どんと肩を押されて、部屋の中に向かってよろけた。
「お、俺、虎兄ちゃんに話が――!」
「その呼び方よせっつったろ」
「あ、東先輩に話が――」
「……今度俺の前に現れたら、犯して河に捨てるっつったよな」
 ここに立っているだけで、その気配や目で切り刻まれそうだ。
 ぶるっと体が震える。
 しばらく言葉に困って、かろうじて、震える唇を動かした。
「そ、それでも……いいと思って――」
「あ?」
「せっかく会えたのに、もう会うなとか、無理だ、俺――」
 ぎゅっと拳を握って、必死に言葉を吐き出す。
「俺……っ、犯されて捨てられてもいいから、もう一度話したくて……!」
 口にしてから、はっとして固まる。
 今、俺、なんて言った?
 慌てて口を手で覆う。
 黙って立っている大きな気配に、おずおずと視線を上げた。
 ……怒ってる。
 キッと上がった眉根をぎゅぎゅっと寄せて、ずたずたに貫きそうな目で俺を睨んでる。
 思わず、喉の奥で、ひっと声が鳴った。
 つかつかっ、と逞しい影が近づいてきて、思わず一歩後ずさる。
 大きな手が、俺の顎を掴んでぐいと持ち上げた。
「っ」
 目が合う。
 あの凄絶な視線が、俺を貫いていた。
「……色気づいてんじゃねえぞ、てめえは」
「ご、ごめ――」
 言い終わる前に、強い力で体を引き寄せられた。
 唇に柔らかい感触が強く押しつけられて、瞬きする。
 それは、乱暴に食むように動いて、唇だってわかった頃には、俺は、その逞しい腕に縋ってた。
「ん!んンっ」
 食べられるみたいに角度を変えて吸われると、思わず鼻から息が抜ける。
 足の力が抜けて、ガタガタッと椅子にぶつかった。
 そのまま実験用の机の上に押し倒されて、腕の檻に閉じ込められる。
「と――あ、づまセンパ……?」
「うるせえ」
 シャツの前をぐっと引かれて、ぶちっとボタンがもげる音がする。
 とっさにびくりと怯えたら、そのまま鎖骨に咬みつかれて、ひっと声が漏れた。
 オールバックから零れた金髪が肌を滑る。
 体がぞくぞくして、俺は、両手で口を覆って、声を抑えるのに必死だった。
 足をバタつかせても、野生の虎に乗りかかられてるみたいに、びくともしない。
 危うくて怖いのに、体がどんどん痺れてくる。
 大きな手が、俺のシャツの裾から這い上がって腰や胸をまさぐっている。
 乱暴な触り方で、でもジンジンしてきて……混乱した。

 これって、なに?

 強引な指先や髪のワックスの匂いにさえ反応してしまって、一人でに涙が出てくる。
「んっ、う、あ、あ、ァ……」
 ぐいっと、大きな手で胸を揉まれて、乳首を摘まれた瞬間。
 虎兄ちゃんを迎えるように開いていた足の膝が、ひくんっと痙攣した。
 背中が、勝手にぐっとしなる。
「や、やぁ……っ!」
 勝手に、甲高い甘い声が弾けてしまったのと同時に、虎兄ちゃんの動きが止まる。
 その制服の厚い肩をぎゅうっと握って、びくびく体が震えた。
 頭が、ぼーっと霞んで肩も息も絶え絶えで。
 自分の体に何が起こったのかわからない。
「……おい」
「ぅ」
「おい、基。おまえ、イッちまったか?」
「ン、え……?」 
 先輩の大きな手の親指に乳首をくるりと撫でられると、びりっと刺激が駆け抜けて、また、ひくんと体が震えた。
「あ、ぅ」
「おい……まだ何もしてねえぞ」
「わかん、な――」
 虎兄ちゃんが、舌足らずな俺を見下ろして小さく吐息する。
「ちっ」
 そう言って、体を起こしてしまう。
 体温が離れるのが嫌で、思わず腕を掴んだ。
 嫌われた?
 俺、また怒らせるようなことをしたんだろうか。
 じわっと涙が滲む。
「虎兄――」
「……抱いたら、おまえ死んじまいそうだな」
 困ったように俺を見る。
 色っぽい目で、また胸が苦しくなった。

 もっと、くっついてたい。

 虎兄ちゃんは、そんな俺を引き起こして、腕の中に抱き込んでくれた。
 嫌われたかもしれないって不安は残ってたけど、その腕の確かさに、ほうっと息が漏れる。
 ……虎兄ちゃんとこういう風にくっつくの、すごく好きかもしれない。
 さっきまでは、乱暴にまさぐられて、不安と気持ちよさでぐちゃぐちゃになってたけど、今度は、安心させてもらってるって感じがする。
 頭の上から、ため息が聞こえた。
「何のために遠ざけたと思ってる」
 呆れた声に、顔を上げる。
「俺の場合、大切なもんは手放すものって決まってるんだよ」
「え」
 静かな声が降ってきて、残り火が宿った体が、ジンとした。
 腕の中に納まったまま、険しい表情を見上げると、後悔してるようなあの哀愁漂うまなざしが俺を見ていた。
「……俺は、こういう生まれで育ちだからな。いろんなもんを面倒に巻き込んじまう」
 あ、と思った。
 昨日の下校中、虎兄ちゃんに礼がしたいって、柄の悪い奴らに連れて行かれそうになったこと――そういうことを心配をしてるのかもしれない。
 虎兄ちゃんの遠い目は、手放してきたものを思い出してる眼差しだったのかな。
「だからわかるだろ。おまえを傍に置いとくわけにはいかねえ」
 手ぇ出しかけといてなんだが、と虎兄ちゃんが、腕を解いて離れようとした。
「や、だ」
 慌てて胸の辺りを握り締めると、あの切れそうな視線が降ってくる。
「あ?」
 一瞬、怖気づいてしまったけど、でも、気合を入れなおして言った。
「お願いします。俺のこと、避けないで下さい」
 じわっと、涙がにじむ。
「あのな――」
「虎兄ちゃんの近くに居たい……!」
 厚い胸に額を埋めて、ぎゅっとしがみついた。

 離れたくない、二度と。
 引越す時、どれだけ悲しかったか。
 幼心に、もう二度と会えなくなるってわかってた。
 離れたくなかったのに、俺には、離れる以外の選択権がなかった。
 今は、そうじゃない。だから――。
 微かな息に髪先が揺れるのにさえ感じる。
 離れたくない。
 離れられない。

「……ったく、こう育っちまうとはな――」
 え、と顔を上げると、また、凄味のある目が俺を見下ろしていた。
 でも、それは俺を撫でるような艶っぽさで、ドキドキしてくる。
「俺ぁ、そう長いこと我慢できねえぞ」
「あ、の」
「こんな細ぇ腰、俺と寝たら壊れちまうからな」
 ぺしりと尻を叩かれて、耳まで熱くなる。
「……そういうの込みで、傍にいたいっつってるんだろうな……?」
 ぼそりと囁かれて、俺は、頭が真っ白になった。
 ……そっか、そういうことなんだ。
 今、虎兄ちゃんとしたことは、そういうことで。
 ……俺、嫌じゃなかった。むしろ――。

 俺は、俯いたまま小さく頷いた。
 大きな手で触ってもらうの、すごく好きなんだ。
「さっさと育てよ。街村弟」
「弟って――」
「……基」
 ふいうちに名前で呼ばれて、体温が上がる。
「仕方ねえから、俺が守っててやる」
 囁くような言葉が、すっと胸に降りてきて。
 俺は、力いっぱい、逞しいその体を抱きしめた。



 終
 11/07/17
 12/03/10 修正


 あとがき

 キリ番ゲッターNo.8888様で、「先輩×後輩(敬語)で甘い話」でした。めちゃくちゃ早くできました。5時間ぐらいで。こういうタイプの攻は初めて書いたかも、新鮮でした。リクエストありがとうございました。

 久賀
9・10 いろいろ修正&校正。名前も変わってます。

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