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 一瞬何かわからなかった。
 けどそれは、真っ赤なヘルメットだった。
「……あ?」
「病院行くんだろが」
 呆気にとられる。意味がわからない。
「見舞いに行くんだろ、バイクで行ったら早ぇだろが」
「な、なんで知って――」
「この道通ってった空手部の奴らが話してたんだよ」
 羽交い絞めにしてた奴が、渋々と言う。
 俺は、何がなんだかわからないまま、そのヘルメットを受け取った。
 乗れ、と頭を振られて、取り巻きの一人が乗りつけて来たバイクの後ろにまたがる。
「……目ぇ覚ましたら、てめーの保護者に言っとけ」
「俺の保護者……?」
 安達のことか?
「"金髪野郎のことで、クラスに乗り込んでくるのは勘弁しろ"ってな」
 

 バイクを運転する取り巻きに事情を聞いたら、ケンカの次の日、安達が奴らのクラスに行ったらしい。
『二度と野原に手ぇ出すな』
 クラスの人間が注目する中、そう言い放ったって。
 それも、すごい気迫で。

 俺は、自分が情けなくなった。
 安達の機嫌が悪い、とか。
 でもそんなの俺のせいじゃない、男同士では変なことなんだから、とか。
 ……そんな、つまらない、見せかけのことばっか気にして、文句ばっか言って。
 安達は、俺のことを大事にしてくれているのに。
 本当は、俺も安達のことを大切でしょうがないのに。
 足が震えるほど、安達を失うのが怖いのに。
 泣くほど、好きなのに。
 世間体ばっか気にして、本当の気持ちを、あいつを大事にできてなかった。

「……ごめん、安達」
 早く、謝りたい。
 会って、元気な顔を見て。
 好きだ、って。
 そう、言いたい。


 ***


 病室前には、同じ制服の奴らがうろうろしていた。みんな俯いて、一言も言葉を発してない。
 俺は、背筋が寒くなるようで、歩く膝が震えてしまっていた。
「……あ。野原!」
 一人が、俺に気づく。
 俺は、ごくりと唾を飲んで、足早に歩み寄って、訊いた。
「中、入れんのか」
「今は、家の人が来てるから」
「様子は」
 訊くと、わからない、って首を振られた。
「意識が戻ってないから、なんとも――」
 胸が、ざわざわする。
 会いたい。
 早く会って、心配かけさすなって一発殴ってやりてえのに。
 病室のドアが開く。
 出てきたのは、父親らしい人で、思わず駆け寄った。
「あの、安達は!?」
「え」
 俺は、必死すぎて、あまり周りの事は見えてなかったと思う。
「安達、大丈夫なんすか?会えないんですか!?」
 おじさんが、あ、という顔をする。
「もしかして……野原君?」
「え?なんで知って――」
 おじさんが、頭を掻いて言った。
「君の話、息子からよく聞いてたんだよ。不良が似合わない不良がいるってね」
「なっ」
 俺のアイデンティティに関わることを、さらっと言いやがったこのおっさん。
 いや、言ったのは安達か。さすが親子。
 ものすごく引っかかったセリフだけど、今は何よりも、安達優先だ。
 俺の言いたいことを察したように、おじさんがため息を吐く。
「検査結果を聞いたよ。脳には異常なかった。脳震盪だったみたいだ」
「ノウシントウ――」
「うん。まだ意識が戻らないけど、会うかい?」
 膝から力が抜けて、床にへたり込む。
 大丈夫か、とか、いろんな奴にいろいろ言われた気がするけど、俺は、全然反応できなかった。


 病室に入ると、安達は眠っていた。
 なぜかみんな気を遣って、俺を一人で病室に入れてくれた。こういう扱いに慣れてなくて、なんとなく照れくさい。
 ゆっくりとベッドに向かうと、安達は、すごく安らかな寝息を立てていた。
「……安達」
 声をかける。「そんな簡単に目ぇ覚めたりしないよな――」
 ひとり言を言いながら、ベッドの脇にある椅子に座る。
 静かな、寝顔。
 こうしてちゃんと見ると、高1の頃の、過渡期の幼さみたいなものは、すっかりなくなってることに気づいた。
 こいつは、ちゃんと男で。でも……俺も男で。
 こいつが、俺のどういう所に「本気」になったのかはわからないけど。
 俺にわかるのは、俺が、こいつのことを男ってこともひっくるめて、大事に思ってるってことで。
「……好き、だよ」
 眠る横顔に、言ってみる。「好きだよ、おまえのこと」
 ずっと逃げてばっかで、言えなかったけど。
 なだらかに盛り上がる胸の稜線に、指で触れてみる。
「だから早く、目ぇ覚ませよ」
「……それ、ほんとか」
 静かな声が返ってきて、文字通り俺は、飛び上がった。
 ゆっくりと、開いた目が、俺を見て言う。
「なんだよ、その顔」 
「なんだよじゃねえよ……いつから起きてたんだよ……!」
「目ぇ覚めたりしないよな、辺りから」
「……ほとんど最初っからじゃねえか、卑怯もん!」
 立ち上がろうとしたら、腕を掴まれて引き止められる。
「俺のこと盛大に振っておいて、今頃そんなこと言うんだな、おまえは」
「誰が振ったよ……!」
「振られたと思ってたよ、俺は」
 真剣な顔で言われて、言葉に詰まる。
「……俺に同情してるのか」
「バカやろっ」
 安達の腕を振り払う。
「同情で、んな恥ずかしいこと言えるか……!」
「そっか」
 安達が、ふっと笑う。
 そんな顔見たら、何も言えなくなる。俺は、もう一度ゆっくりと椅子に座って、震える息を吐きながら言った。
「心配、させんじゃねえよ……」
 声も震えてしまった。
「俺、どうしようかと思ったんだからな。おまえが意識なくなって病院運ばれたって聞いて、俺……!」
「ごめん」
「ごめんで済むかよ!」
「好きだよ」
「っ!」
「好きだ、野原のこと。さっさと退院して、早くひとつになりたい」
「ばっ!?」
 熱い。顔が、猛烈に熱い。病室が、サウナなんじゃねえかってぐらいに暑い。
「顔、真っ赤だな」
「言うな!わかってんだから言うんじゃねえよ、デリカシーのない奴!」
「不良が、デリカシーとか気にするのか」
 また、ふっと、安達が笑う。
 胸が掴まれたみたいになって、何も言えなくなった。
「……早く、退院しろよ」
「え」
「ひとつになるんだろ、俺と」
 思いっきりそっぽを向いて、そう言うと、安達の手に引き寄せられた。
「……俺の回復力、ナメるなよ?」
 安達が、そう言って。
 俺は、調子に乗んなって、肩をパンチしてやる。
 それから俺たちは、触れるような初々しいキスをした。



おわり
2011/05/17

あとがき
 キリ番リクエスト、5555HITサチ様で「性格男前平凡男子×攻め大好き俺様ヤンキー」でした。いつもドロドロなので、さらっとした感じにしてみました。しかしどうも、コメディタッチな展開――正解か、これは。個人的には、不良グループのリーダーに男気を感じましたとさ。サチ様、遅くなりまして&ご希望に叶えているかわかりませんが、素敵なリクエストをありがとうございました!

久賀

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