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「ぐっ!」
 回転蹴りをお見舞いすると、一人が地面に沈んだ。
 この裏庭の体育倉庫の脇は、お決まりのケンカ場所だ。
 背後からのパンチをかろうじて避ける。爪が頬を引っかいて痛みが走って、頬を拭うと、手の甲に血が線を引いた。
「本気で俺たちに勝てると思ってんのか?」
 奴らの一人が言った。思いっきり睨んで言い返す。
「余裕だし」
「どっから来るかな、その自信。野原だけに、頭の中もお花畑だったりして?」
 奴らが、一斉に大笑いする。
 このバカにした態度。許せねえ。



純情パンチ



 突然、背中に衝撃が走って、視界が揺れた。
 地面に膝をついて振り仰ぐと、パイプ椅子を握った見慣れない顔が立ってる。奴らの仲間が一人、隠れて狙ってやがったんだ。
「この卑怯者ども……、ぐっ!」
 やべっ。入った。
 続けざまに蹴り上げられて、目の前が白黒になる。呼吸が詰まって、盛大に咳き込んだ。
「あららー、もう終わりかよ」
 タイマンだっつって呼び出したくせに、6人も連れてきやがって!
 そう怒鳴ったつもりが、咳しか出ない。
「あ、いい事思いついたー」
 リーダーっぽい奴が、目を細める。手配写真になりそうな、悪そーな顔だ。
「剥いちゃおうぜ。写真撮ってバラ撒いてやる」
「名案〜」
 ……げっ。
 やっぱり最低なこと言い出しやがった。
「いっ!」
 ぐいっと髪を掴まれて、腹にワンパン入れられる。
 地面に転がって丸まっていると、取り巻きの一人が乗りかかってきた。
 涙目で咳き込みながら、身を捩る。
「ふざけんな、どけ……っ!」
「うわ、ほっせー!」
 この……っ、腰を掴むんじゃねえ!
「こんなんで俺らに勝つつもりだったわけ?」
「おい、くっちゃべってねえで早く剥いちゃえよ」
 ベルトや制服を力任せに剥ぎ取られそうになるのをメチャクチャに腕を振り回して抵抗する。
 でも、敵は6人がかり。多勢に無勢ってのは、このことで。
 両手両足押さえ込まれて、大ピンチに陥った。
「はいはい、大人しくねー」
 むがっと口を塞がれて、歯軋りする。
 剥かれてたまるか!
 けど、体が動かない!
「……おいおい」
 ふと、妙に冷静な声が裏庭に響いて、その場の全員が声の方向へ目を向けた。
 俺は、押さえつけてきてた腕の力が緩んだ隙に、のしかかってた一人をぶっ飛ばした。
「ぐっあ」
「野原、この野郎!」
 立ち上がった俺に、目を三角にして一人が殴りかかってくる。
「ストップストップ」
 もう一度、その冷静な声が響いて、改めて俺を含め全員が目を向けた。
「あ?」
 安達だ。
 安達保(あだちたもつ)。
 同じクラスで、同じ班の。
 短めの黒髪で、いかにも真面目ですって言う風に、ブレザーをきっちり着て立っている。手には、ゴミ箱を持って――……ん?もしかして今日、うちの班、掃除当番だったっけ?
 卑怯者どもがこそこそっと、何か話し始めた。
「やばいよ、あいつ空手の県代表だぞ」
「なにっ」
 全員の顔色が変わる。
 安達は、面倒そうに首を掻いて言った。
「心配しなくても、空手使ったりしないけど……有段になると武器と一緒だし」
 ひっ、と場が凍りついた。
 ため息をつきながら、安達が俺を指差した。
「とりあえず、そいつ返してくんねえかな。掃除当番サボられて困ってる」
 げ。
 やっぱり俺、当番だったんだ。
「ちっ……おい、行くぞ」
 リーダーっぽい野郎の一声で、一斉に取り巻きが背中を向ける。
「あ!?」
 なんなんだ、こいつら。
 俺に対しては、あんなに強気だったくせに、安達の顔見たらこそこそ逃げ出しやがるのか?
 こんなに見た感じ平凡な奴に!
 俺なんて、頭まっ金のー、ピアスのー、見るからにヤンキーなんだぞ!?
 バカにしやがって――。
「ちょっと待て、話終わってねえぞ!」
 小走りに去っていく奴らの背中に叫ぶ。
 追いかけようとしたら、いつの間にか近くまで来てた安達の腕に、がっしり肩を掴まれた。
「……こら」
「なんだよ、離せ!」
「暴れるな」
 めちゃくちゃ落ち着いた声で言われて、言葉に詰まる。
 安達は、変な奴だ。
 ケンカの後でアドレナリン出まくってる時でも、俺は、こいつに一言「落ち着け」って言われると、すーっと熱が引いていくように気持ちが静かになってしまう。
「……人のケンカ、邪魔しやがって」
 掴んできてた手を振り払って、安達をキッと睨む。
 でも、安達の表情は変わらない。ただ真っ直ぐ俺を見て、小さくため息をする。
 そのため息に不安になって、慌てて言ってしまった。
「……悪かったよ」
「なにが?」
「掃除サボって」
「全くだ」
 安達が、また、ちいさくため息する。
「お、怒ってんのかよ」
「え?」
「ため息とか、つくなよな」
 ぬっと手が伸びてきて、ビクッとして目をつむってしまう。
「……なに、ビビッてんの?」
「だ、誰がっ」
 目を開けると、伸びてきた安達の手は、そのまま柔らく、ボタンが飛んで肌蹴てた俺のシャツの胸元を手繰り合わせて持っていた。
「……安達?」
「引っ掻かれて痛そう。隠しとけ」
「え?」
 安達の手と交代して、自分のシャツの前を合わせて持つ。
 シャツの中の胸元を覗き込むと、確かに剥かれそうになった時に引っかかれた無数のみみず腫れが、痛々しかった。
「おいで」
 安達が、顎で俺を呼ぶ。
 なぜか反論ができなくて、俺は、その淡々とした背中について行った。


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