冷静な思考が戻ってきて、永田さんの胸をぐいと押す。
「彼女いるのに、遊びでもこんなことやめた方がいいです」
「彼女?」
「女子高生に興味ないって言ってたの、嘘だったんじゃないですか」
永田さんが、思い当たったような顔をした。
「なんだ、やきもちか」
「変なこと言わないでください!」
「じゃあ、これ何?」
ベッドから立とうとした体を引き寄せられて、また顎を捕まえられる。
耳に吹き込まれるように囁かれた。
「……永田さんのことが大好きなんです、って言ってるこの色っぽい表情(かお)は、なんなの……?」
「……!」
そんな顔、してない。
思ってたって、俺は、そんな顔しない。
間近で見つめられて、体が痺れた。
怖いぐらいに色っぽい目で見つめられて、そわそわする。
「素直で真面目なんだよな、日野は。必死で隠そうとして……全部、顔に出てる」
「う、嘘だ――」
「じゃあ、俺のこと嫌い?」
訊かれて、言葉に詰まった。
「……嫌い、です」
「へえ」
「意地悪だから、嫌いです……!」
口を塞がれるようにキスされる。角度を変えて、何度も。
永田さんの唇は柔らかくて、あまりの気持ちよさに頭の芯が瞬間沸騰した。
「ん、んっ」
拠り所なく泳いでいた手で、永田さんのスーツの胸元を掴む。
押し返して抵抗してたはずが、いつの間にか縋ってるみたいな格好になってる。
永田さんの唇に上唇を挟まれて驚いて口を開けたら、今度は深い角度で合わさってきた。
何度も、食べるみたいに口を食まれる。
さっきまでのキスなんか序の口みたいに熱っぽくなってきて、あっという間に力が入らなくなる。
水っぽい音とか、歯や唇を辿ってくる永田さんの舌とかが。
絡みつくみたいで、やらしくて気持ちよくて、声が我慢できない。
「ンぅ……」
指とか頭の奥が、ジンジンしてくる。
砂時計の砂が落ちるように、腰に熱が降りてたまっていく。
気持ちいい。
気持ちよくて、もっとしてたくて、やめてほしくない。
背中がムズムズして、スーツを掴む手に力が入ってしまう。
「んぅ、ンっ」
鼻に抜けるような声が出たのを合図にしたように、俺の後頭部に添えられていた永田さんの指先が首の後ろを撫でた。
瞬間に、ぞわっ、と肌が粟立って、腰がビクリと痙攣する。
あ。ヤバ、い……!
「ぅ、ダメ……っ」
かろうじて残った理性がフル稼働して、とっさに永田さんの胸を押した。
「っ、と」
驚いたように唇が離れていく。
俺は、唾液をごくん、と飲み込んで口を手で覆った。
心臓が、ばくばくいっている。
思わず下半身を隠した手を閉じた膝で隠して、事態を確認する。
「あー……遅かった?」
「――」
何も言えずに首を振る。
胸にたまっていた甘い息をゆっくり吐き出した。
「はぁ……」
「やり過ぎたか」
永田さんが、口を手で覆って小さくため息をする。横目で甘く俺を見て言った。
「お母さん、下にいるのにな」
言われて、俺は、さあっと青くなった。
「……どう? 治まった?」
「そんなことで治まらせないで下さいよ……っ」
確かに熱は引いたけど。
力の入らないこぶしで、その肩を叩いて抗議をすると、大きな手で手首を掴まれた。
「俺、好きな子のこと虐めたくなる性質でさ」
「え?」
目を細めて、永田さんが見つめてくる。
「好きな子にだけ、優しくできないんだよね」
「……嫌われちゃいますよ」
「日野は、俺のこと嫌いになった?」
「――っ」
ずるくて意地悪な大人って、最悪だ。
振り回されるばっかで、休むヒマがない。
「……俺、永田さんのこと好きなんです」
「知ってる」
「永田さんは、どういうつもりなんですか。彼女いるんでしょ」
「それ、藍(あい)のことかな」
「っ」
また、じわっと涙が出る。
呼び捨てかよ。ぶん殴ってやりたい、この大人。
「あの子、永田藍って言うんだ。美人だろ?」
「すごく美人でしたよ、ひどいよ、俺が永田さんのこと好きって知ってるくせに何言っ……」
ん?
永田、藍?
俺が目を白黒させていたら、永田さんがにやっと笑った。
「でも、いとこ同士は結婚できるよ。日野は、安心できないよな?」
「い、いとこ――」
そう。と、永田さんが、また柔らかく笑う。意地悪な方の笑顔だ。
「日野のヤキモチ焼いてる顔、ゾクゾクする」
「趣味悪い……!」
「……好きだよ」
急に囁かれて固まった。
笑顔と同じくらい甘い声は、大人の色気が含まって、初めてワインを飲んだ時みたいに危ない酔いが体を満たしていく。
「いっぱい可愛がって、もっともっと虐めたくなるくらい……好きだよ」
振り回すだけ、振り回して。
こうやって、柔らかい笑顔で全部ナシにしてしまう。
典型的に悪い大人じゃん……。
俺だって、いや、俺の方が。
傍にいるだけで溶けそうになるくらい、永田さんのことが好きだ。
優しそうな笑顔も、甘い目も、蕩けるような声も。
だから。
「もっと、優しくしてほしいんです、けど」
「日野のこと好きだから、保証できない」
すっと寄ってきた綺麗な唇が、熱くて仕方ない頬を覆った俺の手の甲に、軽い音を立ててキスする。
柔らかくて、甘くて、危ない笑顔。
引きずられたら、どこまでも連れて行かれてしまいそうだ。
でも、好きだから止められない。
「……永田さん、いじわるい」
「日野限定だよ。貴重に思いなさい」
本当は、俺は。
はじめから、永田さんのいじわるなところが、一番好きだったのかもしれない。
終わり
11/04/22
あとがき
4500番ゲッター、稲葉様のリクエスト『年の差/S傾向年上×高校生/キュンと切ない』話でした。素晴らしく詳細なリクエストを頂き、「年の差」「受が高校生」「体格差」「攻は一見草食系だけど、実はS」などなど他にもいろいろあったんですが、とりあえず精一杯努力(だけは)しました。永田の年齢がわからず終い。お母さん下にいるのに……しょうがないなこの年上。撃沈!ということで、リクエストありがとうございました。
久賀