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7、夢の終わり


 from 誠二兄
 subject 無題

 おまえの人生をめちゃくちゃにした
 出会う前に戻ってもう終わりにしよう

 ------END-----

 遅れて届いたメールの送信時間は、今朝。もう9時間以上も前だ。
 らしくない丁寧な文章を何度も読み返したけれど、そこにはひとつの事実しかなかった。
「……フられた……」
 呆気ない。誠二兄からもらったメールの中で一番長いメールだ。
 薄曇りの空の下、乾いた笑いが浮かぶ。 
 誠二兄に、どう別れを告げようか悩んでいた。俺が悩ませてることはわかってたのに、顔を見たら別れを言い出せる自信がなかった。
 だから内心、ホッとしていた。さっきから手の震えは止まらないけど。
 これで誠二兄を解放できる。もうこの人を苦しませないで済むんだ。
 追いすがるようなことはしない。電話もしない。
 ただ、昨夜の熱だけが不安定に記憶の中に浮かんでいる。
「……もう一回、抱いてくんないかな……」
 思いがけず口をついて出た言葉が漂って、潔くない自分に腹が立つ。
 夕暮れに滲んだ雲が空に溶ける中、深呼吸をした。
 誰が見ても最悪な始まり方だったと思う。明るい未来は考えられなかったし、いつか終わるというのもわかっていた。
 それでも、傍に居たかったんだ。
 心を通わせる会話は殆どなく、会って口を開けば抱き合う為の前フリばかりで、目が合うのはベッドの上だけだった。
 けれど。誠二兄は俺を抱く時、優しかった。
 体は正直だ。適当に扱われればすぐにわかる。酷くされたことも痛めつけられたことも一度もない。一度だけ、俺が別れたいって切り出した時、怒ったように強引に抱かれたけど最後にはどろどろになっていつものようにキスされた。
 絶対、先に俺を気持ちよくさせてくれた。それだけは初めて抱き合ったあの時からずっと変わらなかった。


 ◆

 
 シーツの上で香水の香りに包まれながら、初めて訪れた好きな人の部屋で緊張してたはずの俺は、呆気なく喘いでしまっていた。
 誠二兄の肌が自分の肌と擦れているなんて。
 吐息や声がこんなに近くで聞こえるなんて。
 全部が恥ずかしい。頭も体も誠二兄でいっぱいに埋め尽くされて、心臓が今にも破裂しそうに鳴り続ける。
 ベッドの端に、乱れた制服のシャツや下着が情けなく引っかかっているのが目に入って、妙に後ろめたい。
 勃ち上がった誠二兄のがぬるぬると俺の内ももに当たって、疼いた腰を擦りつけてしまう。
「……おまえ、興奮しすぎだろ」
 呆れたように言う誠二兄にゆっくりと背中を撫で上げられて、鼻で哂われるのさえゾクゾクした。
「あ、あ……っ」
「こっち、知ってんの」散々舌で解してくれた俺の後ろに指をぬくりと入れてくる。
「や、んっ」
「なんだこれ、慣れてんじゃねーか……誰とやったんだよ」
「し、シテない、誠二兄が初めて――」
「へえ? じゃあ自分で弄ってたのか」エロい奴、と呟いてとろけてるそこを指で擽ってくる。「いつからココ練習してた?」
「……ろ……とき……」
「聞こえねーよ」
「風呂、……入った時、から」
 は、と呆けたように眉を上げて、誠二兄が掠れた声で言う。
「……一緒に風呂入った時のこと言ってんのか」
 あれはまだ近所に住んでいた誠二兄が家に来ていた頃で、五年も前のことだ。
 俺は誠二兄の入浴によく乱入していた。誠二兄の筋肉を触るのが好きで、ちょっかいを出しては煙たい顔をされた。今になって考えてみれば、俺は誠二兄に興奮していたんだと思う。
 その日は、誠二兄が湯船に入って来ようとする俺に「たまにはひとりで入らせろ」と言って渋い顔で脚を伸ばした。俺はそれを聞かないフリして、無理に湯船に侵入した。
 一瞬、俺の胸や腹の上を、誠二兄の視線がぎこちなく滑った。
 ぞくんと、したんだと思う。俺の中でイタズラの虫が騒いで、誠二兄の両脚を跨いで太ももの上に座ったんだ。
 体を強張らせた誠二兄の反応にすごくドキドキした。困った顔をもっと見たくて、筋肉質な太ももの上を尻でずり落ちた。
 心臓がどくどく鳴って、大胆なことしてるってわかっていたけど、お腹の下の方が疼くみたいに気が昂ぶっていた。
 調子に乗っていたら、誠二兄に急に腰を掴まれて体が竦んだ。
『……成長期舐めんなよ』
 そう掠れた声で睨まれた瞬間。掴まれた肌から下へビリビリっとしたものが駆け抜けた。
(どうしよう、体が変な感じがする……っ)
 自分のはどんどん熱くなるし、誠二兄は腰を掴んだまま離してくれなくて、逃げ場がなかった。頭の中はパニックで、お湯に両手を突っ込んでタオル越しにジンジン疼く自分のを押さえつけた。
『つられてんじゃねーよ』
 そうひとこと言ったきり、怒ったような顔で黙りこんだ誠二兄の気配がたまらなかった。
 つられてるって、それって。誠二兄も――。
 白色の湯の下で、誠二兄も俺みたいにビリビリしちゃってるってことかと思ったら、もうどうしようもないくらいに体が熱くなって。
 誠二兄は風呂から上がるとすぐに帰ってしまって、気まずさが残った。
 俺はその風呂の後、一人でシた。
 湯を張ったままの湯船に戻って、誠二兄の手に腰を掴まれた感触を思い出しながら自分の熱くなってたものを触った。でも物足りなくて、指にリンスを絡ませて後ろを弄ってみた。きつくて入らなかったけど、前を触りながら指先を後ろに潜り込ませたらうまくいった。
 自分の中は柔らかくて、もし入れてもらえたら……どんな風に誠二兄のを締めつけるのか想像したら、あっという間に快感と結びついてしまった。
 それからは、入れて欲しくてたまらない欲求を持て余して、自分で慰めるようになった。この先一生、俺には触れてくれないだろう人のことを想いながら。
「……頭ん中じゃ、いつも俺のをここに入れてたってわけ」
 ぐち、と濡れた音を立てて、誠二兄の指が中で動く。
「や、う、動か……っ」
「もう俺と何回も寝てるんだもんな? 中で……こんな風に動いてたかよ」
 増やされた指でゆっくりと中を擦られる。
「ん、んぅっ」
「何年俺とヤッてたんだよ、エロガキ」
「いじ、わる……しないでよ……っ」
 あまりの恥ずかしさに顔を手で隠して訴えると、軽々と浮かされた腰の下に枕が差し込まれて、大きく脚を広げられた。
 誠二兄は俺の中から抜いた指で一度自分のを扱いた。ぐんと上向いた先に慣れた手際でゴムをかぶせると、投げ出してあったローションを男っぽい手にたっぷりとって俺の中に塗る。同じ手で自分のにも塗っている。長い指が誠二兄のたくましいモノに滑って音を立てている。
(じゅ、準備してる……)
 俺の中に、挿れるための。
 興奮して息が上がった。
 誠二兄の伏せたまつげ。筋肉で張った胸や腹筋が、少し荒くなっている呼吸で上下してる。
 すごく色っぽい。俺の好きな人はいつも色気を周りに垂れ流してるけど、今はいつもの何倍もすごい。
 これからこの人とするんだと思ったら、おなかの奥がきゅうきゅう疼いた。
 ふ、と誠二兄が小さく嗤う。
「すげーひくついてるけど。興奮してんの」
「し、してる……せーじにぃ……かっこいい……っ」
 他に言葉が浮かばなくて思ったまま呟いたら、誠二兄が一瞬俺を見つめた。目を細めて、心なしか急くように近づいてきて、俺に入るところを先っぽで撫でてくる。
「こっちでイけんの」
 短く訊かれて、首を振った。
「じゃあ、前弄った方がいいか……」
 しゅく、と俺のを扱き上げられて膝が震える。その隙にぬくりと先が入ってきて、息が詰まった。
「んぅっ……!」
 大きい。指と比べものにならない。ローションで痛みは感じないけど、苦しくてこわい。
「う、ぅう……」
「息吐け」
 言われるまま、はあっと震える息を吐く。その速度に合わせて、ゆっくりと大きなものに押し拡げられていくのに内ももが震えた。誠二兄ので今までにないくらい拡げられるのを感じた途端、目の前が滲んで体が痙攣する。
「あ、ダメ、ダメぇ……っ」
「あ?」
 声を出せないまま体が仰け反って、俺の脚を広げてる誠二兄の腕を掴む。一番太いところを呑み込んだ衝撃に、ひ、と声が漏れて、そのままとくとくっと自分の腹の上に精を吐き出してしまった。
「ぅ……っ、は、ぁん……っ」しばらくびくびくする体を止められなかった。
 やっと詰めていた息を吐き出せた頃に、茫然とする。誠二兄が入ってくることに興奮しすぎて、わけがわからない内に頭が真っ白になってしまった。
「ご、ごめ、俺」
「あーあ……早すぎ。まだ半分も入ってねーのに」
 誠二兄は吐息混じりに言いながら、まだ震えてる俺のを手で包んで全部吐き出させるように扱いた。
 ……初めてのエッチで失敗した。よりにもよって、誠二兄とので。
 悪夢のような出来事に半泣きになる。
「ごめんなさい、どうしよう……」
「なんだよ、終わりか? 続けていいんだろ」
 誠二兄はなぜか興奮したような目で俺を見ていた。
 その予想外の反応に逆に驚いてしまう。あー白けた、とか言って俺を放り出してしまうと思ったのに。
「不安そうな顔してんなよ、こっちの具合悪ぃわけじゃねえんだから」
 言いながらゆっくりと押し入ってきた流れで腰を揺すられて、声が出た。
 イッた余韻で中途半端に入っている誠二兄を痙攣して締めつけてしまうのが自分でもわかる。恥ずかしすぎて顔が熱い。
「痛いわけじゃねえんだな」
「う、うん」
「ムチャしないから、心配しないで感じてろ」
 そう言って熱っぽく俺を見下ろしながら誠二兄が腰を進めてくる。なんでそんな優しいこと言うんだろうって、胸が切なく疼いた。
「あ、あ、だめ……」
 締めてしまう中を押し開くように入り込まれて、慌てて両手で誠二兄の割れた腹筋を押し返す。
「大き、い」
「たまんねえだろ、入ってくんの」
 誠二兄は、探るように腰を揺らしながら慎重に奥に入ってくる。
「ひ、拡がるよぉ……っ、大きくて、奥まで来ちゃう……」
「いいなそれ。殺し文句」ゆっくり腰を進めていた誠二兄が止まって息を吐いた。
 見上げたら、艶っぽい目と目が合ってゾクゾクする。
「これ擦れてイイだろ。俺ので好きなだけイッたら?」
 そう言ってゆっくりと腰を揺らされて、あー、と情けない声が出た。括れや膨れた形が俺の中を焦らすように緩急つけて擦っていく。
 これは快感なのかよくわからない。焦れったいような苦しいような、時々きゅんと甘く疼く未知の感覚が、誠二兄の動きに合わせて少しずつ強くなっていく。呼吸も勝手に荒くなる。
「はあっ……はあはあ、ぁ、あ、ンっ……あ」
「あー……感じてきた?」
 誠二兄が唇を舐めながら、さっき俺が腹の上に吐き出したのを指先ですくって口の中に入れてきた。夢中でしゃぶる。
「……えろっ」
 誠二兄の指の節を舐めていたら、もっと興奮してきた。
「あー……すげえ……おまえイイわ。きゅーきゅー締まって、中、どろどろ」
「す、ひ……すきっ、せーじにぃ……っ」
 感心するような誠二兄の色っぽい声に感極まって、男っぽい指を咥えながらぐずぐずになった声が出る。
 体の中の熱が、ぐっと張り詰めた気がした。ゆっくり揺すられる内に、奥まで擦られる快感が全身に広がって頭がぼーっとしてくる。
 体に溜まっていく快感が一定量を超えて、どっと汗が噴き出した。腰が、溶けそう。
「すごい、すごいぃ……っ」
 思わず顎が上がって、開かれた膝を閉じたくなった。それを察してくれて、誠二兄が俺の脚を閉じて抱える。
「いいっ、気持ちイイよぉー……」
 あまりにもよくて、枕を握りしめて啜り泣く。
 相性最高だな、と呟いた誠二兄の声が体の上に降ってきた。
 気がつかないくらい自然に体位を変えられて、横抱きにされながら気持ちいいところを探るように擦られる。声に出さないと快感で体が弾けてしまいそうで、高い声で喘ぎ続けた。
「中でイけそうじゃねえか、これ」
「わかんない、も、わかんないっ、誠二兄の、すごいきもちいい……っ」
 シーツにしがみついて、ボロボロ涙が出る。
「ふぅー……やべ、早いけど、も、出そ……っ」
「ン、んっ、好きっ、すき、誠二兄ぃ……!」
 誠二兄が息荒く、俺の体中をむちゃくちゃに撫でてたくさんキスしてくる。
「んむっ、んっ、んー……」
 食べられそうなキスをされながら揺さぶられて。撫でる手のひらにとろけそうで、すごく甘やかされてる気になった。
 初めてが誠二兄の部屋で。そんな体験で。愛されてるって感じてしまったのは、たぶん錯覚だったんだ。
(優しくされたら、勘違いするよ……)
 そうして生まれたほんの少しの期待が、体を重ねる度に虚しさと一緒に降り積もっていった。





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