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 あ、という小さな声につられて教室の窓に目を向けると、ちらつく雪が見えた。
 らし過ぎる演出のようで、思わずため息が漏れる。
 別にこの日を特別に思ってるわけじゃない。
 それでも誘われれば友達と過ごしたり、イベントに行ってみたりもする。
 だけど、自分には関係ない。今に始まったことじゃないけど。
 俺はいつでも、独りなんだから。




PRIVATE BELL







「おかえりなさいませ」
 今日は、ネイビー色の3ピースで迎えに出てくれた俺の家の執事は、相変わらずの冷たい眼鏡とポーカーフェイスだ。
 それでも、勝手に胸が踊ってしまうのを止められなかった。
「休みの日なのに……透真さん出勤してたんですか」
「はい。昨日、休みを頂きましたので」
「父さんは?」
「ご会食でいらっしゃいません」
 迎えに出てくれた透真さんが、俺の背中に手を伸ばす。
 寒い季節はいつもコートを脱ぐのを手伝ってくれる。流れるような手捌きでコートの形を整えながら、玄関脇のウォークインクローゼットに入ってコート掛けにかける――透真さんは、その一連の作業を手早く済ませると、廊下を進むように俺を促しながら言った。
「今夜のご予定は」
「俺にあると思いますか」
 半分ふてくされて訊き返してみる。返事はない。
 少し後ろを歩いてついてくる長身を見上げると、透真さんが歩みを遅らせた。
 使用人と並んで歩くのは不自然なことらしいんだ。
 変なルールだな、と思う。俺は小さくため息してから、透真さんに顔を向けた。
「……今日は家で食べるから」
「かしこまりました」
 いつも通りの素っ気ない返答。
 何もないことはわかっていても、この胸の片隅にはいつでも期待が潜んでいる。
 いつも変わらない透真さんが、いつもとは違う何かを言ってくれるんじゃないかって。
 でも、やっぱりそんなことはない。
 階段を上がる足取りが重くなって、2階に着いたところで透真さんを振り返る。
「あ、の」
「はい」
 鉄の表情。
 とりつく島がないって、きっとこういう感じのことを言うんだ。
「……いや、別になんでもないです」
 透真さんは、長い脚を運んで俺を追い越すと、部屋のドアを開けてくれながら言った。
「宿題はございますか」
「今日は出てないです」
「かしこまりました」
 透真さんが、部屋の前で俺を見下ろしながら言う。「他に御用は」
「あ……あの、さ」
「はい」
 少し迷って、そっと口にしてみる。
「……夕飯、一緒に食べない……?」
 無表情の透真さんが一瞬、目を細めた気がした。
「私が座ってしまったら、誰が給仕をするのですか」
「じゃあ立食――」
「そういう問題ではございません」
 ぴしゃりと言われて、俺は言葉に詰まった。
「お夕食は18時です」
「あ……」
「お着替えがお済みになったら、メイドが制服をお預かりに参ります」
 明日から冬休みだ。だから、制服をクリーニングに出すんだろう。
「……わかりました」
「では、失礼します」
 そう、頭をひとつ下げて透真さんが部屋のドアを閉める。
 ……ああやっぱり、今年も独りの食卓なんだ。




 伝えられた時間通りにダイニングルームに行くと、テーブルには赤と白のキャンドルが灯っていた。
 それとなく『今日』を意識してあるテーブルセットが、なんだか虚しい。
 柱時計が午後6時をさすのと同時に扉が開いて、給仕の男性が食事が乗ったカートを押して入ってくる。最近新しく入ってきた人だ。まだ慣れないのか、カートを押す足取りがぎこちない。
 続いて透真さんが音もなく入ってきて、給仕に目配せした。
「後は私が。下がりなさい」
 足早に出ていく男性を見送ることもなく、透真さんがカートの上のお皿を手にする。




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