「俺と、寝てみろよ」
頭が真っ暗で、何を、言われてるのか。
「おまえの頭ん中、章宏ばっかりになってんだろ。そんなんでこの先どーすんだよ」
わかんない。そんなの、考えたくもない。
「お兄ちゃんに向けてる気持ちの半分でも誰かに渡せば、楽になるんじゃねえの」
深森さんの言葉が、真っ暗の頭の中に響く。
……そうかもしれない。
章宏兄さんで、頭がいっぱいになってしまってるのがいけないのかもしれない。
でも、でも。
兄さんの手が他の誰かの頬を撫でたり、あの綺麗な唇が誰かの唇に触れたり。涼しく通る声が、熱っぽくなって。他の人に、『好きだ』って囁くなんて。
そんなの、考えただけで――。
「どうせうまくいかねえって、わかってんだろが」
まばたきを忘れて、涙だけがこぼれた。
「……わかんない」
一瞬、俺を抱きすくめている深森さんが身じろいだ。
「どうやってあきらめたらいいのか……わかん、ない」
なんで俺は、ずっと抱えてきた想いをこの人に話してしまってるんだろう。酷いことばっかり言って俺を追い詰めてきたこの人に、どうして。
「がんばって忘れようとしても……ダメで、いつまでも、好きなまんまで」
全部、壊したくなかった。そのまま置いておきたかった。
だから、自分を殺して、俺が壊れていく。
心も体も、記憶の中の隅々にまで。兄さんが、いっぱいだから。
「壊れたら……こわい……っ」
ぼやける視界に、深森さんが滲む。「どうしたら、いい……?」
怖いほど優しい手が、俺の頬を撫でた。
嗚咽が止まらない俺の目元を頬を、熱っぽい唇が辿る。
「深森、さ――」
「……かわいいな、ほんと」
はまりそうかも――小さな呟きが、俺の体に降った。
これが、なにかの罠でもいい。
今、目の前に広い胸があって、すがる場所はここしかないから。
この苦しみを忘れられるのなら。
もう、なんでもいい。
つづく
2018/10/25