[]









 俺と同じ名前の季節を通り過ぎて、明け方に震える寒さがやってくる。
 それをどこか怖ろしく思っていた。
 今思えば、あの頃は。
 いつも、この人との別れの日を指折り数えていた。




 ハルーシネイション


 

 いつになく興奮している息を吸い込みながら、何度も唇を食べられて俺は殆ど意識がトんでいた。
 こんなの……誠二兄じゃない。
 こんな、甘いのは。
「――うしろ向いて……」
 舌足らずな甘さで要求されて、俺はぐずぐずになった体をもたもたとシーツの上で反転させた。
 背中のまんなかに吸いつかれて、がくっと肘が崩れる。
「気持ちい?」
 吐息混じりに背中を辿られながら囁かれて、何度も頷く。
 登ってくる、唇と舌。
 香る酒。
 バーのバイト後の誠二兄と逢う時は、稀にこういうことがある。
 ……稀、とも言えない。以前に一度、経験しただけだ。
 酔った誠二兄は、まるでいつもとは別人。
 恥ずかしさで俺がぐずぐずになるまで甘やかして、何時間もこの甘ったるく溶けそうな行為を続ける。
 なかなか繋がろうともしないで、耳や首筋や、息がかかるだけで腰が浮いてしまうようなところばかりをいじめ抜く。
「もっ……もおやだ……」
「……かわいー」
「やめて、やめ……っ」
「おまえのイイ顔、すげえクる」
 もっと見せて、って囁かれて、肩越しにまた唇を食べられる。
 言葉でも。指でも。……唇でも。
 前に一度あった甘い行為では。
 誠二兄は、とろとろになるまで俺をいたぶった後、無抵抗の俺の中で何度も何度も出していた。
 ……あの日のことを思い出すと、期待しすぎる自分の体が敏感になりすぎて痛い。
「……入るよ」
 後頭部に息がかかって、ぞわっと腰がうずく。
「はあっ……はあ、誠二兄ぃ、せーじにぃ……」
 俺の腰を撫でるように支えてる手に、力の入らない爪をたてて縋る。
「なーに?」
「すき、すき……も……早くきて……っ」
 何度か、場所を確かめるように塗りつけられて、焦らされた俺は頭が煮えそうだった。
「やだ、はやく……っ」
「……ゆっくりするよ、君のこといっぱい抱きたいから……」
 ひやりと。
 頭の中が、真っ黒になる。
 次の瞬間、かっと頭に血が上った。
 ぐだぐだの体をのたうたせて、その人の腕を強く引く。
 ふいをつかれた男らしい体が、広いベッドに投げ出されて、俺は這うようにその体の上に跨った。
「だれ、の……っ、誰のこと、抱いてんの……っ」
 ふいにあふれてしまった涙が、誠二兄の胸に降る。
 誠二兄が、酔って上気した目元を眇めた。どこか確かめるように俺を見上げてる。
「ねえっ、それ、誰のこと抱いてるんだよ……っ」
 怒りと快感で、胸の中が掻き乱されてる。
 俺は、後ろ手に誠二兄のそれを溶けた自分の場所へあてがった。
 この人への怒りとか。……独占欲とか。
 誰にも渡したくない。俺だけを見てほしい。
 呪いでもかけるような気持ちで、強引に腰を落とす。
「んぁ、あ、あ……ぅっ」
 思った以上の速さで、ぬくんと性器を飲み込んでしまって身体が驚いた。
 誠二兄が、とっさに俺のももを掴む。
「はっ……、ばか、やろ……っ」
 辛そうにしかめた表情に、満足する。
 でもそんな勝利感は一瞬で、逆にぐんぐん追い立てられて、あっという間に頭がとろけた。
 両手で胸を揉まれて、また哀しくなる。
 酔った誠二兄の頭の中では、俺はやっぱり女の子になってるのかもしれない。
 こんな。
「あっ、ア、ぁん……っ」
 声だって、女の子みたいだし。
「はっ、はあっ」
 かすむ意識の中に、すごく興奮してる誠二兄の荒い呼吸が何度もねじ込まれる。
「……っ」
 甘い声だって。最低にいやらしいセリフだって。
「せ……じ、にぃ……っ」
 あなたが今抱いてるのが、他の誰かでも。

 今だけは、この人は俺のもの。
 この瞬間だけは。
 俺だけの。




 ※『サディストの憂鬱』電子書籍版1000ダウンロード突破お礼小説
 2017/01/03
 久賀リョウ





[]







- ナノ -