――……どうしてくれるんだよ、これ。
俺は、恨みがましい思いを込めて、寝息を立てている兄さんを睨んだ。
熱くなってしまった体が治まるように、じっと暗闇に蹲る。
深呼吸をして、頭の中で今日の経緯を整理した。重い感情が押し寄せてきて、体の熱が鎮まっていく。
まだ、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
兄さんの体をずりずり押して、なんとか布団に寝かせる。
……人の気も知らないで気持ち良さそうに寝てる。
「酔っ払ったら、キス魔で眠り上戸なんて……」
……今日は、もう散々だ。
酔って前後不覚の好きな人にキスをされたっていうのは、複雑だ。慣れてる風なのも、ショックだった。
これだけかっこいい人だ、そりゃあ経験だっていろいろあるだろうし。
――泣きそう。寝て忘れたい。
酔っ払って寝てても変わらないきれいな顔に落書きしてやりたくなったけど、明日が怖いから実行には移せない。
兄さんの、寝てる横顔。さっきまで、くっついてた口。
あんなこと、この先一生ないんだろうなと思ったら、切なくなってきた。
兄さんが結婚したら、こうやって2人でどっかに行く機会もないんだろうし。
そもそも、住む家も別になるんだろうし。
菜摘さんがあの家に来て、俺が出て行くことになるかもしれない。
きっと二人は、住んでたらいいのに、って言うだろうけど。そんなの俺が耐えられない。
想像したら、本気で涙が出てきた。
「……弟なんか、ならなければよかった……」
こんな気持ちになるくらいなら、兄さんと出会わなければよかった。
滲んだ涙を拭って、安らかな寝顔に恐る恐る近づく。
寝息が近くなって、心臓の鼓動が速くなる。
出会ってからずっと、心の底で、この人が欲しいと思ってた。欲しくて欲しくて、しょうがなかった――。
微かな寝息を立てる綺麗な唇に吸い寄せられるみたいに、鼻先まで近づく。
「……ふ……」
兄さんの唇がわずかに開いて、飛び上がった。
どっどっどっ、と、ものすごい勢いで心臓が暴れる。
――俺、今なにしようとした?
思わず手で口を覆って、にじりさがる。
寝てる兄さんにキスしようなんて、失恋の傷口を抉るだけじゃないか。
ろくに力の入らない体を這いつくばらせて、自分の布団に戻ろうとした。
いきなり、むんずと足首を掴まれて息を呑む。
慌てて見ると、とろんと目つきの怪しい兄さんが、がっちり足を掴んでいた。
ずるずるっ、と兄さんの方へ引きずられる。
「いや、ちょっ、なっ」
いくつか武道の習い事もしてきた兄さんには、インドア派の俺はとても適わない。軽々と引きずられて仕上げとばかりに腰紐を掴まれると、一気に引き寄せられて手が宙を掻いた。
そのまま布団に引きずり込まれて、後ろ向きに腕の中に抱き込まれた。
「ひ……っ」
嵐よ、どうか早く去ってください。
祈りは虚しく、俺を胸の中にすっぽり収めた兄さんは、後ろから俺の首筋に咬みついた。
「いっ……!」
そのまま食んだり舐めたりされて、背中がぞくんぞくんする。
「や、やだ、ぁ、ふっ」
せっかく鎮まっていた体に、簡単に火が点いて涙が滲んだ。
兄さんの手が、浴衣の中に潜ってくる。
「っ! や……っ」
胸をまさぐられて、びくつきながら、女の子じゃないのにって悲しくなった。
手探りで見つけられた乳首をきゅうと摘まれる。
「んぁっ、や、やめて……兄さんっ」
その手を掴んでも、ろくに引き剥がせないし、声が上擦って全然抗議にならない。
正気に戻った兄さんと気まずくなる場面が頭に浮かぶ。なんとか逃げなきゃ、って。
「……ばくばくしてる、心臓」
急に耳元で囁かれて、ひくりと体が震えてしまう。耳を舐められたら、力なんか入るわけがない。
きっと誰か、女の子と勘違いしてる――そう思ったら、視界が滲んできた。
ひどいよ、俺の気も知らないで。視界が、あっという間に曇った。
肩や背骨に沿って舌が這うと、押し殺せなかった声が漏れてしまう。
「っ、ひ」
腿を滑り上がってきた手が、核心に迫るように這ってくる。
「ダメ、それ……っ」
下着の上から、指先が撫でた。円を描くようにくるくると刺激してきて、腰が引ける。
けどもしかしたら、さすがに兄さんも正気に戻るかもしれない。だって、俺には女の子にはないものがある――。
「え……っ?」
でも、兄さんは、何も気にする様子なく、反応し始めてしまってる俺のをまさぐっていて。
一筋の希望も途絶えて、俺は、必死で声を殺しながら布団を掴んでいた。
背中や胸をいじられて、意識が甘く掠れていく中、なんとか兄さんの手から逃げようと腰を引く。
「……っ!」
何かが、当たった。その正体がわかった途端、ぼおっとしていた頭が一気に冴える。
丁度、尻が、兄さんの股間に当たる位置で。
――兄さんの……固くなって、る。
かあっと体が熱くなった。
もう、ダメだ。こんなの、平気でいられない。
「え、あ、や……っ」
器用な手が下着の中に滑り込んできた。握りこまれて、びくっと腰が引ける。
「ひ、ぅっ」
思わず尻を擦りつけてしまったところには、しっかりと熱を持った兄さんのがある。
密着してしまった下半身は逃げようもなくて、やんわりと先に向かって手を動かされたら情けない声が出た。
長い指が絡みついて、動く。
「ン、あ、あぅ……」
体温も心臓の拍動も、どんどん上がってく。
兄さんの手の動きも強くなってきて、腰が揺れて。
なんかもう、止まらなくて。
「ん、ン、や、あ」
――なん、で俺、今……兄さんと、こんなことになっ、てんの……?
逃げないとって、頭の隅では思う。
でも、浴衣越しに伝わってくる体温とか。息とか手とか、俺を惑わせるものばっかで。
「……気持ちいい?」
油断していた耳に低音で吹き込まれて、堪らなくなる。
「い、ぃ……っ」
ぬめってる先をぐりっと刺激されて、声にならない叫びが出た。
それ、女の子にはついてないよ?
兄さん、わかってんの……?
俺は、快感に流されている頭をなんとか働かせて、理性を取り戻そうとした。
でも、きゅっ、きゅっと先へ向かって強く扱かれるから、思考がまとまらない。
「あ、で、出る、出ちゃうよ、離して……っ」
兄さんは、無言で腰を押し付けてくる。
「あ、ん、や、ヤだっ」
泣き声みたいな声。
兄さんの吐息も荒くなってて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。とろっと涙が零れる。
――もう、イきそう。
内腿が震えて、腹筋がひくひくする。
「だ、だめ、ダメ、イくぅ……っ」
たまらずに訴えたら、兄さんが、ぐっと腰を押し付けてくるのと一緒に強く擦ってくる。
「っ、晴哉……っ」
切羽詰ったように耳に吹き込まれたのと同時に、頭が真っ白になった。
背中が強張って、腰がひくついて。
「……っ、ン、んくっ……っ、ぅ……」
吐き出す解放感と一緒に、背中に兄さんの吐息がかかって、思わず甘い声が漏れてしまう。
一気に疲労感が押し寄せてきて、どろりとした眠りに引きずり込まれていく。
身じろいだ気配と、唇が蕩けそうなキスをされた気もするんだけど。
夢なのか現実なのか、わからなくて。
俺は、あっという間に眠りの底に落ちていった。
11/01/20