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 これは、何度目の祈りだろう――。
 若き神父――イエルナ徹は、十字架を持つ手を緩めて、天井を仰いだ。
 信者で賑わう小さな教会の聖堂には、家族の温かさやクリスマス特有の改まった信仰心が満ちている。
 きゃーっとはしゃいだ子どもたちに、母親たちがシーッと注意を促す。
 なんていうことはない光景。
 けれどそれが、尊く見えた。
「徹神父」
 声をかけられて振り向くと、人好きのする笑顔を浮かべた老神父が聖堂に入って来たところだった。あっという間に信者に囲まれながらも、徹に小さく微笑んでいる。
 その笑顔が何を意味するのか、徹はすぐに思い至る。
 それ以上促されるまでもなく、外へ続く扉へ向かった。




 PRESENT




 教会の正門から少し離れたけやきの陰に身を寄せて、ブレザー姿の男子高校生が所在無く立っている。こちらに気づくと、びくりと大げさなほどに肩を震わせた。
 思わず苦笑して、徹は、ゆったりと距離を詰めながら声をかけた。
「驚かせましたか、空良」
「あ、ううん」
 空良、と呼ばれた少年は、小さく首を振って道に目を泳がせた。「……よく、来たのわかったね」
「君が来たことは、すぐに私に伝わることになっていますから」
 視線を外したままの空良の頬が、一瞬赤く燃える。
 徹は、少年の次の言葉を待ちながら、その様子を眺めていた。
 鼻と頬が少し赤い。どれくらいここに立っていたのだろうか。制服のブレザーは、この寒空の下では寒そうだ。
「もう冬休みですか」
 なにか言い出し辛そうにしている空良に、助け舟を出すように口を開く。
 空良は、うん明日から、と頷いた勢いで、後ろ手に隠していたものを差し出した。
 徹が、一瞬言葉を呑む。
 小さな紙袋だ。
「い、いろいろお世話になったし」
「それが私の……神父の仕事ですから」
 空良は、一瞬複雑な表情を浮かべたけれど、挫けずに徹の胸元に袋を掲げて言った。
「やっぱもらえない? ……徹、こういうの受け取らないってわかってたけど、思わず買っちゃったんだよ」
 学校の帰りに店先で見かけて、似合うと思ったという。
 空良がなけなしの小遣いから用意してくれたのだと思ったら、何も言えなくなった。
「ありがとう」
 そう言って徹が紙袋を受け取ると、空良は明らかにほっとしたように息を吐いた。
 白い息が空気に溶ける。
 それを見ると、徹はなんとも言えない心境になって、目を細めた。ブレザーの肩に優しく手を添え、自分の陰に引き寄せる。吹いてきた北風から守るように盾になった。
 空良の頬が、更に赤くなる。
 徹がその場で包みを開けようとすると、空良が慌てたように両手を紙袋に添えた。
「わ、ここで……?」
「……いけませんか?」
 徹が囁くように言うと、空良はぐっと息を詰めて神父の手元を見つめた。
「……いいよ」
 許可と同時に、袋を探った徹の指先に触れた感触は、ウール。取り出してみると、グレーの手袋だった。
 数日前、空良が、手に触れた拍子に「冷たい」と言った光景が徹の脳裏を掠める。
「素敵な贈り物ですね」
「忙しいんだろ? もう戻ってよ」
 耳まで赤くした空良が、徹の腕を教会の方へぐいぐい押す。
「空良。教会で暖まって帰るといいですよ」
「信者じゃないのに、バチがあたるよっ」
「あたりませんよ」
 思わず笑って、その頬に手を伸ばす。
 空良が、一瞬呼吸を止めた。
「ほら、こんなに冷たい」
「……今日は、あったかいのな。手」
 少しふてくされたように空良が言った。
「大切にします」
 口早に言った徹の言葉に、空良がまた肩を揺らす。
「手袋を、だろ。すぐ主語が抜ける……」
 ぶつぶつ言う空良を、徹は、微笑んで見つめていた。
 照れて逃げようとする少年の目を、何度も捉えて。
「神に祈りましょう。君の望みを」
「……また、代わりに祈ってくれるの」
「ええ――何度でも。この声が続く限り」


 ――Merry Christmas , I love you.


 2014/12/24
 久賀
 (メルマガ配信・一部修正)



















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