暗いままの着付け部屋の障子を開けると、驚いたように兄さんが振り向いた。
脱いだ羽織を手に持って、帯に手をかけたところだった。
「晴哉――」
「……っ」
もつれる足で近づいて、体をぶつけるみたいに兄さんにしがみつく。
広い胸に受け止められたら、それだけでまた涙が出た。
大好きな香の匂いとか。体温とか。兄さんの気配が俺の涙腺をどんどん壊す。
「……やだ……っ」
「はる――」
「ヤなの、俺、こんなの……っ!」
涙が溢れて、わけがわからないうちに頬を転がる。額を広い胸に擦るうちに、それはパタパタと畳に降っていく。
兄さんが手にしていた羽織が床に落ちる。その両手で、きつく体を抱かれた。
「晴哉」
「俺、壊したく、ない……っ、壊れたくないのに……っ」
なのに、心が。
「俺、気持ちが、言うこと聞かなくて……っ」
何も壊したくない。
なのに、好きだって、言うから。心が勝手に、章宏兄さんのこと好きだって、抱きしめられたいって言うから。
好きすぎて、おかしくなっちゃいそうだから。
「なんでダメなの……っ」
どうして俺、兄さんのこと好きでいちゃダメなの?
どうして、こんなに苦しいの。
「どうしよう、ごめんなさい……っ」
「晴哉――」
「言えない、兄さんに絶対言えないのに、でも……もう俺、バラバラになっちゃいそうでこわくて」
自分が何を言ってるのか、よくわからなかった。
子どもみたいに泣きじゃくって。
でも、俺の中のギリギリの理性が、兄さんにそれを言わなかった。
好きって、言わなかった。
「ごめんなさい……っ、俺、兄さんのこと大切で、だから……、だから……っ」
「わかった」
体が軋むほど、強く強く抱きしめられる。
大きな手に頭の後ろを抱かれて、高ぶった気持ちを受け止めてもらってるみたいで。
「……ごめんな。壊さないから……わかったから」
耳元で囁く声が好きだから、また涙が出る。
息ができなくなるほど抱きしめられて、胸の底から震える息を吐き出した。
涙でぐしょぐしょの顔を、何度も何度も、唇が優しく撫でてくる。母猫に舐められてる子猫になったみたいに、安心した。
広い背中に手で縋って、ジンジンしてる指先を誤魔化す。
手も足も痺れて、言うことをきかない。
心も体も。
俺を裏切るんだ。
つづく
2015/09/16