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「もういい?」
「ダメ」
「……もういーい?」
「ダメだっての」

「……」
「……」

「もうい」
「ダメ!」




 保健医のお仕事





 電子式体温計を脇の下から取り出した俺に、保健医がため息を吐く。

「……なんでそう、おまえは堪え性がないんだ」
「熱なんかねーよ」
「アホ」
 保健室のベッドに腰掛けた俺の手から体温計をひったくって、保健医が渋い顔をする。
「なにをどうやったら9度が熱がないなんて言えるんだ」
「そう言えば、ちょっとふらつくような」
「遅いんだよ」
 起き上がりかけていた体をぐいと押し返されて、ベッドに埋まる。
「……そういえばおまえ、昨日、ダルイって言ってたな」
「え、うん。薄着で寝たせいで1週間ぐらいくしゃみが――」
「インフルエンザじゃなさそうだな。解熱剤やるから、下がった隙に帰れ」
「もう帰れる――」
 また起きかけたところに額を指先で押されて、体がシーツに逆戻りしてしまう。
「返事は」
「……はい」

 放課後の保健室は、遠くから野球部のかけ声が聞こえて、なんとも学校らしい。

「……あのさあ」
「病人はおとなしく寝てろ」
 カーテンの向こうの保健医に呆れたように言われながら、それでも話しかける。
「あの時、ちょっとしゃべっただけなのにさ。よくわかったね」

 1時間前。
 保健医と廊下でばたっと会った。
 またゲームをやりに家に行っていいか尋いた途端。
 保健医は、眉を一瞬ひそめて俺のおでこに手を当てたのだった。

「友達には何にも言われなかったのにさー」
「おまえの友人の目は節穴か、おまえに無関心かのどっちかだな」
「ヒドイ」
「見てれば具合悪そうなのに気づいて当然だ」
「あんた、俺のことよく見てるんだなー」

 何気なく言ったら、保健医が押し黙る。
 ――俺、なんか、マズイこと言った?

「さ、さすが保健の先生だなー」
「……それが仕事だからな」

 変な間が嫌で俺が慌ててフォローしたら、素っ気なく言い放ちやがって。ちょっとズキっとくるじゃんか。
 カーテンを指先で避けて、保健医の姿を覗く。
 白衣の背中は、なかなか神聖な雰囲気だ。なにかカルテみたいのに書き込んでたかと思うと、おもむろに立ち上がる。
 薬棚を吟味して箱を取り出し、俺が寝ているベッドに歩いてくる。
 覗いている俺と目が合って、片眉を上げられた。
「……おまえはー、おとなしく寝てられないのか」
「スミマセン」
 保健医は機嫌が悪くなると結構めんどくさいので、俺は素直に謝った。
 と、バサッとカーテンを掻き分けて入ってきたかと思うと、膝でベッドに乗り上げてギシっと音が鳴る。
「……ちょ。なんでカーテン閉めるの」
「入ってきた生徒に見られたら、おまえが恥ずかしいだろ」
「は? なにが?」
 眉を寄せたら、保健医の手が俺の制服のズボンのベルトを掴んだ。
「は、あ!? ちょ、何考えてんの!?」
「解熱剤やるっつったろ」
「なんでズボン脱がそうとすんだよ!」
「下から入れるんだろが」

 パン、と頭を撃たれたように一瞬真っ白になる。

「座薬は即効性もあるし、特にこれは成分も体の負担が少ない。入れてやるから大人しくしろ」
「いやだ! 変態保健医!」
「正当な医療行為だ。意識してるおまえの方が変態だな」
 このベッドの軋みだけ聞くと、とても熱がある病人が寝てるとは思えないかもしれない。
「……心配するな。うまいよ、俺」
「ふざけんな、やらしい言い方すんな!」
「ちゃんと慣らすから」
「慣らさなくていいだろ、薬は!」
「ん? 何を入れる時は慣らさないといけないのかな?」
「く〜……っ!」

 この、エロ保健医……!
 校長に訴えてやる。

「……優しくしてやるから力抜きなさい」
「ば、バカ、雰囲気出すなって……」
「痛いのは嫌だろ、あきらめて足開けよ」

 み、耳元で言うな!
 からかってんだこいつ、ふざけやがって――。

 くすっ、と笑って眼鏡を押し上げながら保健医が笑う。
「颯太……顔真っ赤だぞ」
「必死で抵抗してんだから、当・た・り・前だろ……っ」
「無理強いは好みじゃないんだ……俺のこと好きだろ?」
「それどこのエロ小説? 完っ全に薬の話じゃなくなってますけど!?」

 
 ……結局俺が、下から解熱剤を入れられてしまったかどうかは。
 プライドに関わるので、伏せさせていただきます。
 

 おわり
 2012/04/17
 2014/05/06 修正




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