02

ブラウン色の壁に藍色の屋根。落ち着いた色合いの建物を目標に、ふらふらと頼りないような着陸をしたフライゴンは背中にあった重みが無くなると同時に地面に突っ伏した。
『つ、疲れた…』
「あはは。御苦労様でしたー」
息も絶え絶えになりながら内心自分を労っていると先程まで背中にいた青年が暢気な笑い声と共に背中を軽く叩いてくる。
緊張感の欠片どころか慰めの思いすら感じられない声に項垂れていた顔を起こすと、フライゴンは涙を滲ませて青年を睨み付けた。
『全っ然、誠意が感じられないんだけど!こんなに頑張った仲間に大してあんまりなんじゃないっ?』
噛み付くような勢いで不満を爆発させるフライゴンに玄姫は笑みを浮かべる。
「いやいや。感謝してますってー。君が頑張らなきゃあのゴルバット軍団に木乃伊にされてたからねぇ。本当にありがとう」
宥めるようにフライゴンの長い首を一度撫でると落ち着いた雰囲気の建物に足を向けた。
自分の不満をさらりと流した玄姫に若干恨みめしそうな視線を向けるも、これ以上は無駄であろうとフライゴンは一度溜め息を吐いて諦める。
あの男は自分が幾ら不満を並べようと何と言おうとも気にしない筈だ。のらりくらりと他者の意見を流しつつ、自分の意見はちゃっかりと通す。案外強かな性格をしているのだ。
『はぁ…』
「おーい。早く人型になっておいで。頑張ったご褒美に昨日作ったフルーツタルトあげるよー」
『今行くすぐ行く。ちょっと待て』
思わぬ朗報に声を弾ませて返事をしたフライゴンは一度瞼を閉じる。ふわりとした暖かな光が彼を包み混んだかと思うとその刹那一際光が強くなり、いつの間にかフライゴンが居た場所には一人の青年の姿があった。
肩よりやや下まで伸ばした艶やかな新緑の髪を赤い紐で緩く纏め、印象的な赤い瞳を今は嬉々として輝かせている。端正な顔立ちだが、赤い瞳の影響で何処か活発そうな印象も受ける。
「うんうん。ちゃんとなったね颯」
「なったっ!だからタルトくれ」
颯、と呼ばれた青年が小走りで近くに寄っていくと玄姫は建物の鍵を取り出した。
「わかったから慌てない。甘いものは逃げないよ」
「僕の空腹は増してくから。だから早くっ」
目と鼻の先にある好物の為に急かす颯に玄姫は苦笑しながら扉を開ける。「あーもう。大丈夫だってば」
木製の扉の硝子張りになっているところから建物の中を覗くと、丁度出入り口から真正面に大きなアンティークの時計が掛けられていた。金色の針はまだ午前九時を示している。
「お店開くまで時間あるしねぇ」
扉を開けながら柔らかな笑みを浮かべて玄姫は入口近くに備え付けられている照明をつけた。照らされた建物内は店と称した建物の外観とはまた違った落ち着いた雰囲気が醸し出されている。
十五席ほどある木製の椅子とテーブルは、一つ一つが見苦しくない程度に細やかな彫りがされており品の良さが伺えた。店主の趣向が客人に安堵の心地を与えるのが目的としているのだから当然といえば当然なのかもしれない。
実際颯も何度かここに座っているが苛立っている時にこの空間に来ると不思議と溜まっていた鬱憤が消えてしまう。それがこの店の不思議な所だった。
ただこの店内で唯一違和感を与えるのが何カ所かに置かれている人形達である。
一体一体がこの店を経営する玄姫の手作りであり世界に一つしかない代物だ。
気まぐれな性格をしている彼は同じ人形を作ろうとはしない。作ったとしてもどこかしら別の要素を加えて同じモノにしないのだ。
だが生来の凝り性で作る作品には決して手を抜かないのが彼らしいところなのだろう。
お陰で店に来る客人の中には玄姫の作品の愛好家として来る者も少なくはない。
玄姫もそれを分かった上で経営をしているので、店の内装も喫茶店というよりは人形館をイメージして設計していた。
「じゃあケーキ持ってくるから一番テーブルに座っててね」
羽織っていた白いジャケットを脱ぎながら颯に振り向く玄姫に軽く手を振って了承の意を伝えると颯は指示された席に腰を下ろす。
柔らかな日差しが当たるこの場所は店内でも人気の場所で一番客は大抵この場所に座ることが多い。窓から見える景色が春夏秋冬一番美しいというのも理由の一つだろう。
頬杖をついて外を眺めていた颯だが、暫らくすると店内に甘い香りが漂い始めた。
嗅覚から感じられる柑橘類の甘酸っぱさに食べた時の味覚を思い出し思わず喉が鳴る。
キッチンから響いてくる食器の音に待ち切れずに視線を向けると、丁度玄姫が淹れたての紅茶とケーキを持ってきたところだった。
突然振り向いた颯に驚いたのか軽く目を見開いて瞼を瞬く玄姫。
「驚いた。よくオレが来たことわかったね」
「…いや。僕はただ待ちきれなくて振り向いただけだから」
正直こっちも驚いた。素直にそう告げると玄姫は軽く笑って颯の向かい側に腰を下ろした。
テーブルに二人分の茶器を置くと颯の前にフルーツタルトに置き、流れるような作業で紅茶を入れていく。
「アールグレイもオレンジペコーも捨て難かったけど、今日はいつも通りダージリンにしたよ」
「あぁ。僕もダージリンの方がお茶っぽくて好きだから別にいいよ」
フォークで桃やグレープフルーツの乗ったフルーツタルトを差し、躊躇い無く口に含むと甘酸っぱい味がすぐに広がった。
思わず口が緩むとそれを見ていた玄姫は嬉しそうに笑う。
「あははそりゃよかった。じゃあ今日も接客よろしくねぇー」
「え…あ、うん。了解店長ー」
有無を言わせない笑みを浮かべて紅茶を飲んでいる玄姫に、口を開きかけたが文句を言うだけ無駄だと思い直し、大人しく彼に従うことに決めたのだった。

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