ぼっちの居場所
帰る場所が今のところ見つからないのなら何が何でも自分が作るしかない。だが最低限の生活資金もないのに自分の居場所など作れるはずがない。
だからこそヒナタは真っ先にこの疑問を解消しなければならなかった。

「そうねぇ…一番はトレーナーを目指すのがいいんじゃないかしら」

ジュンサーと共に役所で書類を提出すると、ついでに生活費を得る手段をどうしたらいいか相談したところ、ポケモントレーナーになるのがいいのではないだろうかと言われた。
確かにこの肉体年齢を考えれば働く場所など皆無なのだろう。探して探して頼みこめば何とかなるかもしれないが、日雇いで稼いだとしてもその日を凌げない。
だがトレーナーをしたとしても、果たしてその日を生きていける程稼げるかどうかがわからない。

「ポケモン、トレーナー…?でもわたしはポケモンの育て方なんてわかりませんし、それにポケモントレーナーになっても稼げるかどうか…」
「あぁ。それなら大丈夫」

不安をそのままに口にするとジュンサーはトレーナーになった際の資金があるのだと教えてくれた。
ヒナタのように孤児の子からもトレーナーを目指す人間はいるため、旅に出る当日、最初の一回のみ資金は地方から必要な額の仕度金を渡して貰えるらしい。
その資金の範囲で旅支度の道具や食料を整え、残った分は好きに使っていいということだった。
ただし悪意の目的で得ようという様子が見られた場合、ジュンサーやポケモン協会から通告され授与された資金を返すらしい。反省の態度が見られないなど最悪の場合トレーナーの資格を半永久的に剥奪されるらしい。

「何と言うか…そんな人いるんですね」
資金の意外とシビアで現実的な制度に苦笑の形で返すと、ジュンサーも苦笑を返してきた。
「でも本当に稀なのよ?通告しに行った時にトレーナーがどうしようもない状況になってた時だってあったしね」
「どうしようもない状況ですか?」
具体的にどんなのだろうと興味本位で尋ねてみると苦笑のまま答えてくれる。

「例えば手持ちが人質に取られて止む無く加担するしていたって感じにね。でもどんな理由であれ罪には問われるんだけど」
「うわぁ…」

自分が追い込まれそうな事態に思わず顔を引き攣らせるとジュンサーに、だから気を付けるようにと言われた。
ジュンサーの言葉に素直に頷くと横にいるオタチが欠伸をした。どうやら興味のない話に眠気が誘われてしまったらしい。
愛らしい寝顔に何となく和むと体の向きをジュンサーに向ける。

「じゃあトレーナーに登録します」
「そう。じゃあ専用の機械に打ち込む必要があるわね。あとトレーナーになるならパートナーになるポケモンが必要なんだけど…君、手持ちはいないわよね?」

剥奪されるような真似はしないが通告はされるかもしれない、などと考えていたら突然ジュンサーからそんなことを言いだした。

「…もしかして必要なんでしょうか。」
恐る恐る尋ねるとジュンサーは深く頷く。
「えぇ。これは必須条件ね。トレーナー登録の際に手持ちがいないと承諾されないの。でも君は今から孤児ってことになってるし…何だったら私が手持ちになるポケモンを研究所とかから譲ってくれるように交渉してきてもいいわ」

ジュンサーの親切な申し出は有り難い。だが研究所なんて大層なところから貰うなど厚かましくて申し訳が無くなる。何よりそんな手間をジュンサーにこれ以上かけさせるなどしたくない。
これは罪悪感というよりも、度重なる幸運に恐ろしくなってきただけなのだ。

「いえ、それは遠慮させて貰います」
「遠慮なんてしなくていいのよ?」
「あはは…そうじゃなくてわたしはこのオタチをパートナーにしたいんです」

そう言って手元に引き寄せたのはたった今までヒナタの横で眠っていたオタチ。その本人と言えば寝ぼけているのか自分の置かれている状況を全く理解出来ていないような顔をしている。

「えっと…でもその子は納得してるのかしら。最初から反発してる子をパートナーにするのはよくないわ」

困惑した表情を向ける彼女に曖昧に笑いかけると、眠たげなオタチを強引に起こす。

「…お前。わたしの手持ちになってくれない?わたし今切羽詰まってるから今君がなってくれないとちょっと危ういんだ」

真剣な顔をしてオタチに頼むと、何度か不思議そうに首を傾けてから漸く首を縦に振ってくれた。
『タチィー』
「いいみたいです」
ジュンサーは面食らったような表情をしていたが、どうやら納得したのか微笑んだ。

「そう。じゃあモンスターボールをあげるから此処でパートナーになって貰いなさい。これがモンスターボールね」
「ありがとうございます」

礼を言ってからモンスターボールを右手で受け取ると、左腕で抱えているオタチの額にコツリとボタンを付けた。すると一瞬で赤い光線に包まれたオタチは難なくボールの中に入ってしまう。
どうやら本当に手持ちになることを了承してくれたようだ。
ボタンを押してボールに入れたオタチを出すとまだ眠たいのかヒナタの膝の上に飛び乗り丸くなってしまった。

「本当に大丈夫みたいね。じゃあ登録の書類は貰ってくるからここに居てね」
「何から何まですみません」
『…たち、ぃ…』

寝言を漏らす何とも愛らしいその姿にジュンサーと二人して笑ってしまったのだが、熟睡しているオタチには聞こえていない。
ジュンサーの後ろ姿を見送ると膝上で眠るオタチを撫で、ヒナタは何かを考えるように視線を彷徨わせる。
そしておもむろにかき集めた毛布でオタチを包むと、膝を抱え込んで顔を埋めた。
俯けた表情はこれ以上ないほど歪められ、ともすれば泣き出しそうなものだ。

「(あぁもう嫌だ嫌だ。何が何なのわけわかんない。天涯孤独とか何の漫画の夢展開だっつの)」

噛み締めた唇から嗚咽が出そうになるのを必死に堪えて強く両腕を掴む。
他人がいる前では毅然とした態度を取るように心掛けていたが、胸のうちは、次から次に起こる展開に着いていけず、混乱していた。

助けを求めようにも知り合いは誰もいない。自分がどういった人間でどんな経緯か話したくても、本来、起こり得ない事態に遭遇したヒナタの場合では言ったとしても信じて貰えないだろう。
幾らこの世界が不可思議な出来事で満ち溢れているとしても、異次元から来たと話しても信じられる筈がない。
むしろ、そんな馬鹿なと笑われて終わる気がする。
そんな中で帰りたくても帰れないという追い詰められた状況だ。
知らぬ内にヒナタの精神はじりじりとした焦燥感と先の見えない不安に苛まれていた。

「……、」

少しだけ上向かせると唇が開く。だが開きかけたその口は何の音も吐き出すことなく静かに閉じられた。
そして再び顔を伏せるとオタチの寝息に耳を澄ませると、ヒナタは泣き出しそうな顔で笑う。

今更何を言おうというのか。救いを求めることが間違いだというのに。

縮こまるように丸まった体は、今見える全てを否定するように頑なな意思を感じさせた。

 

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