道連れ
あれから一時間が経ちやっとのことで街に辿り着いたヒナタは、トレーナーの資格を入手する為にポケモンセンターに居た。
入る前までは余りにもみすぼらしく煤けた頬や服装だったが現在は清潔な服装になっている。それはヒナタの惨状に驚いたジョーイがシャワー室に入れたり新しい服を用意してくれたお陰だ。
そうでなければ一銭たりとも持っていないヒナタが綺麗になっている筈がない。
知らぬ間に退化していたのには驚いたが子供になって得するものはあるものだと、与えられた温かい飲み物を口に含みながら思う。
そのジョーイといえばヒナタの戸籍を調べてくれているようだ。どうやら親元に連絡しようとしてくれているらしい。
ヒナタは名前を聞かれた際、本来の自分の名前を述べようとしたが結局それを伝えずに「わからない」とだけ答えた。
当然だ。名前など言ったところでこの世界には自分の痕跡など最初から存在しない。
ならばこちらの世界の名前はどうかと考えたが、親であろうあの研究者たちもこちらのヒナタの名前など一切呼ばなかったからそちらの名前も言えなかった。
八方塞がりな状態では下手に名前を言うより知らない、わからないの答えが一番無難に思えたのだ。
ジョーイの悲痛な表情には仄かに罪悪感が沸いたが現状では仕方ないことだ。じくりと痛む心を抑えつつ、ポケモンセンターのソファに足を抱えて座っていると腕の辺りに柔らかな感触が触れるのを感じた。
視線をやればそれは先程のオタチで、オタチもジョーイから貰ったフーズをカリカリと食べている。
あれからオタチは飽きずにヒナタの後を着いて来て一緒にポケモンセンターにまで乗り込んできたのだ。しかもちゃっかり食事まで御馳走になっている図太さだ。

「で。キミは何でいんのかなぁ?」
『タチィー』

呆れた様な視線を向けるとオタチは食べる動作を止めてこちらに何かを言ってくる。だがポケモンの言葉などわからないヒナタには全く意味を汲み取れない。
ポケモンフーズを口の周りに沢山つけて食べる仕草が何となく可愛らしく思えて、食べ粕をとってやるとまるで礼を言うように頭を下げてきたオタチに噴き出した。

「お前可愛いねー。図太いけど」
「あ。君!ちょっといいかしら?」
「…はい」

食事に夢中になっているオタチの頭を撫でいると、警官の制服に身を包んだ女性とジョーイの姿があった。いつの間にジュンサーも加わったのか知らなかったが、どうやら調べ物は終わったらしい。

「今君のことを調べたんだけどね。どこをどう捜しても全く君の情報が無かったの」
「一応服装とか容姿とか特徴を絞ったんだけど、名前すらわからなくて」

申し訳なさそうな表情で語る二人の女性に、内心「そりゃそうだろうな」とヒナタは苦笑した。最初から期待などしていない。
多分あの研究所では自分達の子供を認知させることはしなかったのだろう。逃走の際、足がつくようなヘマなどすれば即、牢獄行きなのだから。
それに自分はこの世界の人間ではないから、あの二人の子供という仮説がなくとも戸籍が無いのは当たり前で、そのことを今更どうこう言うつもりはない。
寧ろそれよりも心配なのがこれからのことだ。戸籍のない子供が、どうやって金を稼いでいこうか。

「そうですか。えっと…じゃあこれからどうすればいいんでしょうか?戸籍とかお金とかは…」

率直な疑問をぶつけると二人の女性は少々目を瞠りつつ回答してくれた。

「そうね。戸籍はこちらが勝手につくることになるわ。お金は必要最低限のもの以外は渡せないのだけれど…」
「そうですか。では戸籍のことはお任せします。生活資金もありがとうございます」

背筋を伸ばして頭を深く下げると微笑みを浮かべたジュンサーは構わないと言った。

「それで戸籍なんだけれど…本当に名前はわからないかしら?」
「…すみません。」

困った様子で再び聞いてくるジュンサーにもう一度頭を下げるとジュンサーだけでなくジョーイまで慌てた様子で言葉を重ねてくる。

「勿論アナタが分からないのは仕方ないからいいのよ?ただ…」
「戸籍の部分には名前を書かなくてはいけないからどうしようかしらって思ってね。君の意見を聞くことにしたんだけど…」

その言葉で二人がどうして困った表情をしているのかわかったヒナタは、では自分で名前を書いてしまおうと思った。どうせ自分は最初から存在しないのだ。ならば名前も架空のモノでも構わないだろう。

「名前ですか…差し支えがなければ私が適当に書きますけど」
「そうしてくれると助かるわ。じゃあ他の部分は埋めたから、この氏名に書いてくれる?」

差し出された用紙を見ると住所や保護者の名前は空欄になっていたが、緊急連絡先にはエンジュシティポケモンセンターと書かれていた。
どうやら自分に何かあった場合はここに連絡すればいいようだ。次いで用紙に視線を走らせた後、適当に決めた名前を書き込むと渡されたペンを置く。

「名前は『ヒナタ』…これでいいのね?」
「はい。」
「じゃあこれを役所に提出したら色々と説明があるから一緒に来て貰っても?」

無言で頷くとジュンサーに着いていくためにヒナタは立ち上がる。
その際ふと思い出してオタチを振り返ると、いつの間にかヒナタの足元まで待機していた。

「…お前も来んの?」
『たちぃー』
「物好きだねぇ。ま。いっか」

そう言って笑うと、ヒナタはオタチを抱え上げたのだった。


 

back
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -