独善も偽善も同じモノ
ウインディと出会ったのは昨日の昼間。丁度、昼食を用意している時に出会った。
暢気に昼食作りをして平和に解けた頭のヒナタはこの直後、死に直面する羽目になるなど思いもしない。
何故なら石でしか進化しないウインディが、何故ここにいるのか疑っていたらそのウインディが突然、火炎放射を放ってきたのだ。
間一髪、祥眞が波乗りで炎を防いでくれたので事なきを得たが、危うく丸焼けになるところだった。寸前まで迫っていた死に冷や汗を流すと、不意に影がヒナタに差す。
見上げれば先程まで地面に体を横たえていたキュウコンがヒナタの前に身を踊り出していた。
まるでウインディから守るかのような体勢に、働かない頭で先の行方を見守っているとキュウコンがウインディに向かって吼えた。

『この馬鹿が。この人間が敵じゃないことくらいわかるだろう』

いや吼えたのではない。人語を話していた。

「(いや待てわたし。まさかアイツの影響受けすぎてついに頭が幻聴を引き起こすようになったのか?)」

獣が人語を話すという有り得ない現実に目眩を引き起こし、思わず額を抑える。だがそれを打ち砕くように相手のウインディも口を開いた。

『だけどっ!!もしかしたらそう見えるだけかもしれねぇじゃないかッ』

ウインディの口から発したのは獣の咆哮ではなく怒声。

「アンビリーバボー…」

聞きたくない事実に耳を塞ぎたくなる。
だが確実にこの瞬間、現実を受け入れざる負えなくなったのは言うまでもない。

ちなみに膝頭を抱えて視線を遠くに向けたヒナタに人語を話して容赦なく止めを刺したのは彼女の味方である筈の祥眞であった。

◆◆◇

いきり立つウインディにキュウコンが淡々と説得し、誤解を解いて和解したが、植えつけられた恐怖は中々消えない。

和解した後にもう一つ、知ったことで驚いたことがある。

「(まさかキュウコンがオスであろうとは…思いもしなかった)」

てっきり雌であると思い込んでいたヒナタにとってそれは何より信じがたい事実だった。
ポケモンフーズを食べる三匹を考え深く眺めながら深く息を吐くと、食事をしていたウインディがヒナタの様子に反応して顔を上げる。

『うん?どうした。食欲が沸かないのか?』
「…いやー。まぁうん、沸かないかなぁ」

ぼんやりとした頭で適当に返事をすると膝頭に顎を乗せる。実際余り空腹が感じられず、昼食用に手にした木の実は食べることなく手の中で弄んでいた。
そんな様子に呆れたような溜息を漏らすとウインディは食事を取り止め、ヒナタの方へ歩いてくる。
一体何かと目線だけをウインディにやれば、彼は伏せをしてヒナタに背中に乗るように指示した。

「え。なんで…」
『まぁまぁ。今はつべこべ言わずに素直に言うこと聞いとけって』
「はぁ…」

何か考えでもあるのかやけに勧めてくるウインディに抗うのも面倒になって大人しく跨がると、それを確認した彼は立ち上がる。ぐんと高くなった視界に僅かに顔を強張らせると強く毛並みを掴んだら。
対して痛くないのか平気な素振りで足踏みをすると、キュウコン達の方に顔を向ける。

『すぐ帰ってくる。ちょっとの間待っててくれ。ヨシ。コイツ借りてくな』
『こちらのことなど気にするな』
『…いてらぁー、』

暢気に交わされた言葉を尻目に、軽く走り出したウインディはヒナタを乗せたまま森の中を進んで行った。不規則な揺れに視界がぶれる。
そしてキュウコンのいた場所から少し離れた水辺に辿り着くと、ウインディはそこで止まった。

「っと。いきなりな…」
『…アイツな。』
「……あいつ?」
『キュウコンのことだよ。俺は今からアイツの愚痴を勝手にぶちまけるから聞き流せ』

突飛な転回の連続に付いていけないヒナタは待ったの声をかけようと口を開いた。
そもそも何故会ったばかりの自分に他人の過去を話そうとするのか全く理解出来ない。

「いや、あのさ…」
『アイツがあんな場所にいるのは俺の所為なんだ』

だが突然話し出したウインディに言葉を遮られる。不満に思いつつも黙ると、ウインディはそのまま話し続けた。
どこか遠くを見つめるような、それでいて何も映さない瞳を水辺に向けると思い出話が始まる。

◆◆◇

キュウコンは元からあの場所に住んでいたわけではない。本来はトレーナーと共に旅をしていたポケモンだった。
キュウコンに進化していたのもトレーナーがさせたらしい。
炎タイプのポケモンを主メンバーにしていたトレーナーは、ある日一匹のガーディを捕まえてきた。
『それが俺ね』

自嘲的な笑みを浮かべたウインディは水辺を見つめたまま話す。

トレーナーの性格が影響してか元からなのかはわからないが、手持ちのポケモン達も新しい仲間を快く歓迎してくれた。
特にキュウコンとヘルガーは仲が良くて、中々馴染めないガーディを気遣ってくれた。
この上なく幸せだった。
だけど、ガーディのたった一つの願いがこれを壊すとは思いもしなかったのだ。
パーティーに入ってから一年が経ったある日、ガーディは自分が進化したいことを打ち明けた。
もっと強くなって仲間の助けになりたいと。
トレーナーも仲間もその気持ちはよくわかっていたのでガーディが進化するために必要な炎の石を手に入れようとした。
風の噂でとある洞窟の中にそれがあることを知り、皆で探索することになった。石はすぐに見つかりガーディはウインディに進化することが出来た。
けれど後からマグマ団と呼ばれる組織が洞窟に入ってきたのだ。
激戦の末、何とか街に引き返したが手持ちの内のヘルガーがトレーナーを庇って命を落とした。バグーダも他の手持ちも重傷を負っていたから次々に後を追った。
『トレーナーも大火傷が元で、死んだ』
かろうじて生きていたキュウコンとウインディはその後順調に回復したが、精神までは癒せなかった。
特にキュウコンは長年付き合ってきた仲間とパートナーを一度に喪った為に酷く荒れ狂った。
自分だけ生き残った事実に絶望して。
それなのに彼らは別のトレーナーの手持ちにされた。それは旅をすれば少しでも癒されるのではという人間達なりの配慮だった。
だがそれは益々キュウコンを追い詰める結果に結びつける。
再び仲間を喪うのではないかと恐れた彼は、ある日ウインディに悲痛な顔で笑ったのだ。ついで言われた言葉にウインディは瞠目した。
『許すな…恨めよ』
その直後、ウインディはキュウコンに攻撃を受けて意識を失った。
ウインディの意識が戻った時にはキュウコンは遠くの地で繋がれていた後だった。

『アイツは自分のことを許さない。だから自分を更正不可能な存在に見られるような真似に出たんだ』

たとえそれが自分の仲間であったとしても、自分の行いが許せなかったらその仲間に自分を恨むように仕向ける。

『馬鹿だろアイツ。だけど不器用なだけで人を思ってやってる』

情が深いから、自分が生きていることが許せなかった。
誰も責め立ててくれる存在がいないから、自分から行動を起こした。そのやり方が間違っているとわかっていても。

『アイツが攻撃するのを新しいトレーナーたちじゃなく俺にしたのも、多分アイツなりの配慮なんだよなー』

ウインディはキュウコンの意図に気付いた。気付いたからこそキュウコンの側にいることにしたのだ。
孤独でいようとする彼を死にいこうとする彼を、留める為に。生へと戒める為に。

『勝手な我が儘なのはわかってる。だけど放っておけないんだ』

仲間、だから。
唯一の繋がりだから。

『一番最低なのは、俺なんだよ』
俯いて語るウインディにヒナタは掛ける言葉を持っていない。
思い浮かぶのはどれも陳腐で安いものばかりで、慰めるには軽すぎた。
だからただじっと耳を傾けてウインディの独白を聞く。

これは誰が悪いのか。
ただ誰もが選択を誤っただけなのか。それとも。

言葉なくウインディを慰めるヒナタは、頭の中で繰り返す問いに瞼を閉じることで無理矢理考えを中断した。


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