君との出会い
背の高い草むらを掻き分けてひたすら前に足を進める。疲れたら多少休憩をとってから再び前進。
それをひたすら繰り返していたらいつの間にか三日という時間が過ぎていた。
旅の心得など知らないヒナタは自分なりに考えたペースで進むしか出来ないため、自分のやり方が合っているのかすら定かではない。
だが何もせずにいるよりは歩いた方が得策である。曰く、習うより慣れろということだ。
だがしかし残暑という季節では歩き続けるには辛いものがある。
それに加えてヒナタは現在、旅の上で一番重要な欠点を抱えていた。直接に言えば地図を見ても道がわからなくなっていたのである。
先程から地図とにらめっこしていたのだがどうにもこうにも現在地が判断しかねた。飛行要員でもいれば良かったのだが生憎と手持ちはノーマルタイプの一匹だけ。
だがたとえ飛行要員がいたとしてもヒナタは高所恐怖症であるが故に、極力乗ることを避けただろうが、飛行要員がいれば現在地の把握くらいは出来た。
溜息混じりに長い草むらを分けると視界が開けた。
咄嗟のことに瞬きばかり繰り返していると不意に草むらのない場所で何かが蠢く。
正体不明の存在に言い知れぬ緊張感を纏わせるヒナタだが、慌てることなく焦点を当てて見てみる。するとそこには銀色の毛並みを持つ狐擬きが静かな眼差しで此方を見ていた。

「(ロコン、いやあれはキュウコンか)」

尻尾の数と体の大きさからして進化したキュウコンの方だと当たりをつける。
だがどうしてこのような場所にキュウコンがいるのだろうか。エンジュシティ周辺には確かにロコンやガーディといった種族がいる。だがその二つの種族はヒナタが持っているような特殊な石がなければ進化出来ない。
キュウコンは石で進化するポケモンだ。もしかしてこの辺りに進化の石でも有って触ったのだろうか、などと暢気なことを考えているとキュウコンの首回りに何かが填まっていることに気が付く。
それは鉄の首輪だった。しかも首輪には鎖が付いており、その鎖は岩壁に深く填め込まれている。

それを見たヒナタは何となくこのキュウコンは捨てられたのだと思った。逃げられないように、戻ってこないように鎖を厳重に填めてまでやったのだろうと。
そう思ったらヒナタはキュウコンに興味が沸くのを感じた。その感情は憐れみだったのかもしれないし、もしかしたらあわよくば自分の手持ちになってくれないだろうかという下心だったのかもしれない。
だけどその時はただ近くで見てみたいと思っただけなのは確かだった。

一歩を草むらから出すとその感情は益々大きくなる。襲われたらどうしようかと頭の隅で考えるも、その時はその時だと楽観的に思ってまた一歩を進めた。
草むらから出てきたヒナタが無防備に近づいてきたのを驚いたように見てくるキュウコンは警戒した様子などない。
これなら安心だろうと歩む速度を速め、キュウコンの目の前まで足を進める。

「ね、君はキュウコンだよね」
『……』
返答はない。
「わたしは旅してる人間なんだ。まぁ旅してる目的はないんだけど」
『……』
応じる様子はない。
「まぁそれでなんだけどね、今日はここで休もうと思うんだ。君と一緒に。大丈夫だよ。寝込みをゲットしたりしないから」
『…コーン』

笑顔でごり押しするような形で言うとキュウコンは好きにしろと言わんばかりの態度を出すと再び伏せた。
その様子を肯定の意味だと勝手に判断したヒナタは寝袋を取り出すとキュウコンの側にそれをひいて座る。
ヒナタは暫くこのキュウコンと共に生活することにした。

◇◇◆

燦々と照りつける太陽光から逃れる為に簡易のテントで日射し避けを作っているヒナタと、それに目もくれずに目を閉じたままのキュウコン。
そしてこの暑さにもめげずにキュウコンの懐で眠るオタチという何もかもがバラバラな一人と三匹の生活が始まって二日目を迎えた。

三十分が過ぎた頃にやっと完成した自作の日除けの中に入ると一息つく。
やっとこれで痛い太陽光から逃れることが出来たと内心喜ぶヒナタは、次いで注意深く、未だに目を閉じているキュウコンに視線を向けた。

人間が近づいても嫌がる素振りがないことから、野生ではないことは確かだ。加えて警戒心や敵愾心も窺えないので、主人であったトレーナーに酷な扱いも受けていなかったのだろう。

だがそうだとしても、やはり可笑しい点があるのだ。
明らかに捨てられたと解る状況下。普通のポケモンなら捨てられたことに気付いたら、主人の元に戻ろうと躍起になるモノなのではないだろうか。

だがこのキュウコンは鎖を無理矢理取ろうとした様子が無い。つまりこの場所に繋がれてから一度も抵抗していないということになる。

「(普通、そんなこと有り得るのかねぇ。いや無いだろ普通)」

どんな動物でも生存本能に反応して、生きようと何かしら行動を起こす筈だ。普通ならば。
だとしたら何故この普通ではないキュウコンは抵抗しないのだろう。
これではまるで自分が自然に死ぬのを待っているようにしか見えない。

諦観か、それとも切望か。どちらか来るのか分からないが今のヒナタにはこのキュウコンが自ら死へ歩んでいるようにしか思えなかった。

だがそうは思ったところで改めて尋ねはしない。第一に出会って二日目の人間などに自分の身の上を語ったりはしないだろう。
ヒナタとて余程切迫した状況に陥らない限り、自分のことを無闇矢鱈に言いふらしたりはしない。

「(って、こっちがそんなこと思ったとこで実はただの空腹だったりしたらお笑い草なんだけどね)」

強ち有り得るかもしれないと胸の内で笑っていると、後ろの草むらから草の擦れあう音がした。
もしかして、とある予測をしていたヒナタは、ふとキュウコンを見る。そのキュウコンといえば先程まで閉じていた瞼を開けて揺れる草むらを見ていた。眠っていたオタチの方もキュウコンの頭の上から草むらを見ている。

その様子から自分の予測が当たっていることを確信したヒナタも、草むらの方へと視線をやった。
同時に草むらから出てきた存在にヒナタは緩い笑みを浮かべ、片手を上げる。

「よー。昨日ぶりだねウインディ」

橙色と所々に黒が混じった毛並みに笑いかけると、ウインディは返答するように小さく鳴いた。

     

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