今あるものを否定する
思うままに逃げれたらこんなに辛い思いはしない。
怖いものから辛いことから全部全部投げ出して、逃げ出せたら幸せになれるかもしれないと思ったことがある。
だけどそれは今までの自分すら捨てなければいけなかった。支えを失って生きていけるのかと改めて自分な問うと足は前に進むことを拒んだ。
臆病者で弱虫な性格が失うことを怖がって、震える足を前でなく後ろへと戻していく。嗚呼なんて意気地のないことかと自分を嗤うと、握りしめた拳が震えた。

此処ではない何処かへ。
此処ではない何処かへ。

だけど見知らぬ場所へ行ったとして果たしてその地は自分を迎え入れてくれるのか。
その答えは既に自分の中で出されていた。

否、と。ただ一言で片付けられるほどに明確な答えが。

現実は優しいものではないから見知らぬ地では生きてはいかれないと、知っていたから。


◇◆◇

祥眞と命名したオタチが実は話せることを知ってから早くも三日が過ぎた。
夢なのではないかと何度が頬つねったがやはり痛みはある。信じ難いことだがどうやらこれは現実のようだ。
そしてこのオタチだが実はとある実験をしたところあることが判明される。素人よりも経験のない自分の為にポケモンバトルを体験したいのだと相談してみたところ、あっさり承諾してくれたまではよかった。
だが図鑑という便利な機械がない現状ではオタチがどういう攻撃が出来るのかわからない。そこで本人にどんな技が使えるのか聞いたところ信じ難い事実がわかった。

「ホントの本当にその技が使えるの?」
『ん…使える』
「本当に?」
『ん』

尋ねる度に迷いなく頷く仕種には申し訳ないが何度も確認してしまうのは仕方ない。何しろ本当に野性のオタチとしては有り得ないことなのだから。

「普通、野性のオタチって十万ボルトとか火炎放射とか覚えないよ、ね?」

ちなみにこの他にも波乗りなどの技が使えるらしいが、どの技も技マシンが無くてはオタチは覚えられなかった筈だ。
ポケモンの自然界では有り得ない現実。そんな中考えられるのは一つだけ。このオタチは元々人の手によって孵化された存在だということだった。
ゲットしたポケモンがまさかという思いと、確かに今思えばやけに人間慣れしていたなという思いが交錯する。

『あー…ぼくは人から捨てられたからね…手持ちの時に教えて貰ったんだけど…捨てられたのは…んー…あ。個体値って言うのが、理想じゃなかったらしいよ…』
「…こたいち?」

呟いてからその言葉の意味を考える。余り詳しくは知らないが確かポケモンが生まれ持った能力の高さが良ければ良いほど最終的なレベルに達した時に他の同族よりも上になるらしい。
自分はそういったものにあまり興味がなくてポケモンは育てるだけだったが中には個体値に拘るばかりに廃人と呼ばれる域にまで達した類の人間もいたようだ。
ちなみに自分はポケモン廃人という名称を初めて聞いた時、ポケモンを擬人化させてホモ的な話を書いている人間のことだとばかり思っていた。今思えばとんでもない勘違いをしていたのだからあの時の心境を口に出さなくてつくづく良かったと思う。

それは兎も角。廃人と呼ばれる人間によって量産されるのが個体値で枠からはみ出た存在は孵化したあと捨てられる。それが今目の前にいるオタチが覚えている筈のない能力を覚えている理由らしい。
だがここで一つ疑問が浮上する。果たしてノーマルタイプのオタチに電気タイプや水タイプの技などを遺伝することが出来ただろうか。卵遺伝でも相性だかの問題で遺伝することは不可能なはずだ。一体どうやって…と何処か引っ掛かるものを感じながら思いだそうとするとオタチがその答えを出してくれた。

『技マシンで、色んな技を…覚えさせられた後だったから助かったけどね…』
「あぁ成程ねー。それでそんなことが出来たんだ」

納得して何度も頷くと地面にいるオタチを抱き上げる。されるがままのオタチは真っ黒な瞳をこちらに向けて何をするのかと目線で問いかけていた。柔らかい毛並み越しに伝わる確かな温もりが腕越しに伝わる。
季節は夏だというのに汗ばんでいないのか湿っている気配もない。自分だけが汗ばんでいるようだ。

「祥眞って案外すごい経歴のヤツだったんだねー」
『パネェ、だろぉ?』
「パネェっすね」

眠たそうな声で決め台詞のような言葉を吐くものだから可笑しくて思わず笑ってしまう。ついでオタチを抱き締めたまま歩きだした。

それにしてもこの暑い気温の中、常時毛皮を着ているのに汗をかかないなど凄いオタチだ。こんな気温の中では普通は汗ばんでいるものじゃないだろうか。
まるで生きている生き物のようには感じない。嘘みたいな現実だ。見て感じているもの
全てが夢を見ているように現実味がない。

だがこの抱きしめている生き物は生きている。確かに息をして鼓動をしているのだ。
だけどそう思おうとすればするほど自分が見ているものが信じられなくなっていく。
靴底に感じる地面の感触が、目を眩ませるような日差しが、抱き締めているオタチの感触が、全部夢の中の出来事にしか思えない。いやそうとしか感じられなかった。

そもそも自分がゲームの世界にいることが可笑しい。いや本当にここはゲームの世界なのか。もしかしてこれはまだ自分の見ている夢なのかもしれない。
未だに燻っている蟠りはこの世界にいる限り決して無くなることはないのだろう。

いつしかこの現実がただの楽しい夢であったと思えるようになるまでは、この世界はずっと自分にとって悪夢でしかない。

   

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