知らぬ存ぜぬ
エンジュシティという場所には日本でも見た花がよく見られる。紅葉や楓、梔子など他にも子供には馴染み深い向日葵や、桜などもあるようだ。
正直この世界にあるとは思わなかった為、見つけた瞬間は思わず目線が釘づけになってしまった。
共に居たジュンサーには十歳の子供が向日葵に興味を引かれていると見られていたようだが、そう思われても今の外見では仕方ない。遣る瀬無い物を感じたが。

ポケモントレーナーになるには資格が必要かと思いきや、必要が無いらしい。トレーナーの特典にはポケモンセンターでの無料宿泊の他、食料提供、ポケモンの道具が揃っているフレンドリィショップでの低価格での提供などがある。
だが宿泊先のポケモンセンターで怠惰な面が見られると程度次第では資格が剥奪されるようだ。その他フレンドリィショップでの万引きなども厳罰、剥奪の対象となる。
金銭のない今のヒナタには厳罰の対象は避けたい。怠惰に過ごそうとは思わないが、ポケモントレーナーとして知識が豊富とは言えない現状では知らぬうちに何かしら犯しそうだ。
先々のことを考え過ぎて痛む胃を擦っていると、前を歩いていたジュンサーが足を止める。何事だろうかと彼女の前の方を覗くとそこには画面でよく見ていたフレンドリィショップがあった。

「ここがフレンドリィショップ。人間だけじゃなくポケモンに関する道具も沢山売ってるから何があるか最低限のことは覚えておくといいわ。さっき渡したメモの買い物をしてきて」
「はい。えーっと」

先程渡されたメモを見るとずらりと文字がひしめき合っている。文字の数からかなり買い込むことが予想され、自分が持てるかわからない量に若干口元が引くついた。
青い色が特徴のフレンドリィショップを目の前にしても大して感動も感じないが置いてある道具は気になる。何しろ使用方法がわからない上、見たこともないのだ。
興味を持たないと何も覚えようとしない自分の性格をよくわかっているヒナタはメモと商品を睨めっこしながら必死に頭に叩き込んでいく。

一時間もすれば大体のメモされたものは買い終えた。だが想像通りビニールの袋は今にも指先を千切らんばかりの重さになっている。元の体であったならば大した重さではないのだが、流石に十歳くらいの体ではこの程度の荷物でさえ軽く持つこともままならない。
鬱血して血の気の悪くなっている自分の指を苦い思いで見ていると、隣にいたジュンサーが半分ほど持ってくれた。

「あ…ありがとうございます」
「いいのよ。というよりアナタが全部持つには辛そうだったし私が持ちたかっただけだから」
「すみません。もうちょっと腕力があればよかったんですが」
「子供が無茶を言わない!さぁポケモンセンターまで頑張って」

苦笑してくれるジュンサーの親切心を多いに利用し、荷物を預けるとそのままポケモンセンターへ赴く。重さで震える腕の限界を感じながら、ヒナタは早くこの重さから解放されたいと切実に思った。

◆◇◇

ポケモンセンターまで行くとジュンサーは仕事があるらしく申し訳なさそうな顔で帰って行った。後のことはジョーイに任せるらしい。
後任されたジョーイは自分も仕事があるだろうに笑顔で了承してヒナタのことを優先してくれた。

「最初に買ったリュックを出して。それに全部詰め込んじゃいましょう」
「こ、これ全部ですか?幾らなんでも入らないんじゃ…」

ヒナタが引き攣るのも無理はない。何しろ半端ない量なのだ。大きな袋で四つもある荷物をこのリュック一つに全て入れるというのは無理がある。正直比較しても詰め込もうにも詰め込めない。
物理的な解釈をしているとジョーイが微かな笑い声を立てていた。今のどこに笑う要素があったのかと見ていると笑いを収めた彼女は説明してくれる。

「このリュックは何でも入るの。それこそこんな大荷物でもね」
「…実に信じ難いです」
「旅人には必須アイテムよ。それじゃあさくさく入れましょうか」

ジョーイの指示通りに荷物をリュックサックに入れていくと彼女の言う通りに全て入ってしまった。重さも面積も増えた様子はない。
驚愕すべきリュックの収納力に思わず目線の高さまで持ち上げて凝視していると、眠っていたオタチが起きあがった。

「お。おはようオタチー。よく眠れたかい?」
『タチィ』

まだ半分眠っている顔のオタチに手を差し伸べると、のそのそと腕を伝って頭の上に乗っかってくる。何度かやられているが重いものは重い。慣れようとも柔い首の骨では耐えられるものではない。
首を守る為に両手でオタチを支えると、一緒に用意してくれたジョーイに礼を言うと彼女は微笑んでから「頑張ってね」と言って立ち去って行った。

「あー…じゃあそろそろ行こうかなぁ。いつまでもここにいても何にも始まらないしねぇ」
『たちぃ?』

何を言っているのか理解していない様子のオタチに苦笑すると、リュックサックを背負い、まだ寝惚け眼のオタチを抱き上げて立ち上がる。
そうしておもむろに玄関に向かう途中で、ふと世話になった人にこのまま何も言わないで出るのは礼儀がなっていないと思い立ち、近くにフロントに置いてあったメモ帳とペンを取った。

それに何処かぎこちなさの感じる謝罪と感謝の言葉、そして曖昧な行先を付け加えると、未だ忙しなく動いているジュンサーの隙をつくように受付に置く。
すると受付を任せられていたピンク色の生物が現れ、まるで用件を尋ねてくるように手を動かした。

『ラッキー』
「あ、えと…」

この生物はジョーイと共にいた筈。名前は確かラッキーだったような、と自分の曖昧な記憶に戸惑いながら、はっきりしない態度でメモをジョーイに渡すようにラッキーに頼むと、ラッキーは快く引き受けてくれたのか、一鳴きした後すぐに何処かに行ってしまう。

その後ろ姿を見てほんの数秒間、ぼんやりとした後、はっとしたように目を瞬き出口に歩いていった。自動ドアが開くと、むわりと日本の夏らしい湿気を含んだ空気が体を包む。痛いくらいに降り注ぐ日差しをまるで睨むように見てから、不安な足取りで一歩を踏み出した。

見えない先にいい知れない胸騒ぎを感じながら、もう後戻り出来ない道を歩むように。


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