02




独特の電子音が響く室内に少女は横たわっていた。視界は何も見ることが出来ないように二重、三重に包帯のようなもので巻かれている。口元はマスクで覆われ、腕からは何本もの管が突き刺さり、万が一にも起きてしまわないように随時催眠薬を投入されている。
彼女の横には一人の男がいた。心電図や眠っている少女の様子を見ながらしきりにカルテに書きこんでいる。
「脈拍、脳波の乱れ、共に以上なし…同時に成果も見られない、か」
酷く残念そうな声音を上げて溜息を吐き出すと、男性はカルテを片手で持ちとんとんと自身の肩を軽く叩いた。白衣に付いたマイクに「出してくれ」と短く言うと、男性の背後にあった扉が解放される。
扉の開閉の音が聞こえると同時に男性は靴音を響かせその場を後にした。
自身で記したカルテの内容に目を通していると不意に声が掛けられる。白衣の裾を靡かせて足を止めると、そこには見目麗しい女性が佇んでいた。
「経過は宜しくて?博士。」
腰より下まである金色の髪に青い目に瑠璃色の和服の女性。情報屋として『裏』の世界のあちらこちらで名の知られているが、その分良からぬ噂も多い。
幾つかあるが、その中で特に有名なのが事情報に関しての噂だ。この女を相手取るならその組織の重要情報を盗られることを怖れろ、と言われるほど情報を扱った仕事が正確で早い。
フリーの存在である故に依頼をしている組織が多いが、依頼しているときでも気が抜けないのがこの情報屋の女だ。寧ろ依頼をしているときこそ警戒しなければならないだろう、と言われている。
この女の所為で幾つかの組織が内部崩壊と潰し合いをさせられらたことか。
彼女は口元に微笑を湛えて白衣の男を見る。誰もが美しいと評するであろう女性の容姿に男は何の感情も抱かずに告げた。
「経過というのが実験を指すのであればあまり順調ではないな。まぁ結果として言うなら及第点、というところだ」
カルテをノックするように叩くとこつ、と硬い音が響く。用紙には先程の少女のことについて詳細な事柄が綴られていた。
「あの個体を孕ませることには成功したさ。だが失敗したとも言える。」
非情な言葉を言っているにも関わらず、何の感情も交えずに白衣の男は淡々と述べる。
「ポケットモンスターというのが遥昔に人間と性行為をし、子供を生したという伝承の元になった資料を参考に色々とやってみたんだがね、中々に難解だよ」
「あら、子供を宿すことには成功したならいいのではなくて?」
情報屋の女の言葉に、それだけならな。と溜息混じりに言うと、背中を壁に預けた。
「CTスキャンの結果、あのポケットモンスターの言葉を解することが出来る女には子供が出来ている。だがその子供の形状が問題だ」
カルテの上部に付けられている写真部分に指を掛けると男はそれを外す。
「腹の子供は入れた筈の個体の形をしていない」
一度、眼前まで上げると外したそれを女に渡した。訝しげな表情で女が受け取ると、そこには人の形をした胎児のモノクロの写真がある。
「…これは…」
「異常だろう?ポケモンという異物を彼女の子宮は人間の胎児という形状で産み落とそうとしているんだよ」
何処かの新興宗教は神秘だと宣いそうな事実だ、と男は皮肉げに笑った。
「最も倅らのような屑の研究所じゃなく真っ当なポケモン研究所でも、研究したがる連中はごまんといるだろうがね」
それくらいの異例中の異例。自然の摂理を曲げた特例がこの『生き物』の存在だ。
自分の存在を屑と称した男はカルテの内容を見ながら、情報屋の女を盗み見てうっそりとした笑みを浮かべる。
「ははは。なんという顔をしてるんだ。まるで薬漬けににされたモルモットのようじゃないか」
男が示す女の表情は不快という感情を押し出したものだった。艶やかなまでに不敵な笑みを浮かべる常の姿と比べたら、なんという落差だろう。
いっそ愉快にすら感じられる出来事に男は言葉を続けた。
「何もかもお前の望み通りだろうに何故そんな顔をする?むしろ喜べばいい。やっと復讐が果たされる!とな。」
両手を上げ舞台役者のように大袈裟な振りをする男に女は冷たい笑みを向ける。
「ご免なさいね。事が成されたことは喜ばしいのだけど、何分私も女の性を持っているから嫌悪感が出てしまって」
美しい笑みに沿えて吐き出された毒の言葉に男は大した気がないように「それは済まなかった」と軽く詫びを入れた。
「そうか。なら次にやる最後の実験は女の性を持つお前には殊更気色の悪いものになるだろうな。それを考慮すると、言わないままの方がいいかもしれないな」
そんな風に白々しく言った男に女は笑みをさらに深く冷たいものに変える。同時に、何て性根の腐った人間なのだろうと思った。
態とらしい口振りに態とらしい態度。人を揶揄するためだけに象られた男の所作は、酷く女の神経を逆撫でした。男の思惑に乗るのは癪に障るが、ここで引くことも躊躇われた女は笑みを湛えて小首を傾げる。
「あら。折角ここまで聞いたのだから最後まで聞かせて欲しいわ」
「ほう。これは意外だな。まぁ聞きたいなら構わんさ。話したところで痛手にはならん」
女からモノクロの写真を取り返し、それをカルテに張り直しながら男は言った。淡々と。何の偽りもからかいも無しにただ一言。非人道的な言葉を。
「腹の子が育ったら、あの被験体の体に今度はソイツで子供を産ませるだけの簡単な話だ。第一世代が上手くいったなら、第二世代が出来るか試したくなるだろう?」
まだ腹の子が生まれていないから仮定だが、無事産まれたら決定事項になると男は言った。
女はあまりにも背徳的な内容に流石に何かを言うことが出来ない。
それに気付いた男は何の感情の揺らぎもない視線を女に向けるとゆっくりと口元に笑みを浮かべ、嘲笑した。
「まさか、今更後悔をしているのか?」
あれほどのことをして置いて。と続けた言葉に女は体を硬直させる。しかし瞬き一つの間にそれを解くと彼女は笑った。
「有り得ないことを言わないでくれるかしら」
温度の感じられぬ酷く冷たい声音でそう言うと男の顔を一瞥してその場を去る。暫く彼女が消えた廊下を見つめていた男は、やがて薄い笑みを浮かべると女が消えた方向とは逆に歩き出した。誰も居なくなった場所に残ったのは静寂だけだった。







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