02




微笑むその生き物に対抗するように見つめた。
「…随分上から目線ね…」
全身が粟立つ感覚に両の掌を強く握り締める。わからない。コレは一体何を考えているのか。不躾に笑うソレは指のない丸みのある尖った掌を口元に持っていく。
『あはははっそんなに警戒しないでよ!こっちは君を今すぐ消すって言ってる訳じゃないんだからさ。寧ろこれは君にとっていい話しだろう?だって生きることが出来るんだよ?』
確かにそれだけを聞くならいい話にも聞こえた。だがそれは条件内容にも寄るのだ。もし条件が続くのであればこちらが不利に置かれることもある。『でも』や『だけど』が後に付く可能性は否めない。何しろこの生物の言い草は一々胡散臭い。
言動の全てが芝居掛かって見える所為で信じきれず、今言われた言葉すら疑わしく感じられ自然と眉間に皺を寄せてしまう。
それでも信じたいという気持ちはあった。自分が生きるか死ぬかはこの目の前の生物に掛かっているのだ。見た目こそ自分よりも小さいが本能が警鐘を鳴らしている。逆らったらお終いだと。
そんな状況考えればこの場で自分が言える言葉は一つしかない。
「……条件は…?」
『ん?』
「条件を飲む上で発生するリスクは…一体何?」
相手の心情を読み取って先に損得を聞くこと。それくらいしか残されていなかった。
『へぇ。今回はまだ頭の出来るのが来たみたいだねぇ』
にこりと邪気の感じさせない笑顔を浮かべた生物はそんなことを言う。
馬鹿にしているのだろうかと憤りを感じたところで『さて。リスクね』とこちらの心情を読んだかのように言葉を重ねられた。
『まぁこれといって特にないんだよね。別に君にリスクを課したところでこっちには何の利益も発生しないしね。殺しちゃえば終わり、ってだけだし?君が消えてくれればいいだけだから君に得は無いし、寧ろしリスクしか存在しない』
「……」
確かにそうだ。自分は身一つでこっちに来た為差し出せるものなどない。ずば抜けた運動神経も無ければ著名な学者を唸らせるような脳も持ち合わせていなかった。あるのは五体満足である体とこの命一つくらいである。しかも今回ペットとなっているのは自分のたった命だ。そうなれば残るものは何もない。
正に何も無い装備状態だ。これでは何も出来ない。今更ながら自分の状況に焦りを感じ始めた。
『なーんにもないねぇ?困ったねぇ…これじゃあ遊ぶことも出来ないじゃないか。』
平気で人を玩具発言したが最早反論する勇気もない。好きに言わせておこうと黙っていることにした。
『仕方ない。じゃあ君には一つ面白いことを条件にゲームをしよう』
悩むことを止めた生物が何かを思い至ったように尖った掌を上に上げる。
「面白いこと?」
『そう…まぁ面白いって言ってもこの世界の人間が基準だから君にとっては苦痛なことかもしれないけどね』
「…何をさせるの?」
警戒も露わに尋ねると生物は大して気にしていないかのように笑った。
『そんなに焦らないでよ。うーんじゃあ最初はこの世界のことから説明しようか』
「世界…?」
世界とは何のことだ。まるでこの生物の口振りは、今居るこの世界が今まで居た世界とは違うと言っているようじゃないか。唖然とした表情を浮かべると生物は首を傾げてから、そういえば、と言葉を洩らす。
『君は何も知らないんだっけ?まぁいいや。取り敢えず話を聞けば分かるから黙って聞いてね。この世界には人間以外に超常現象を操れる生物が存在するんだ。ポケットモンスターって言うらしいよ。人間の学者が命名した種族名だけどね。人間の方は省略してポケモンとか言ってくるかな。ちなみに君の目の前にいるのもポケモンって種族の内の一つだよ。僕はねエムリットって言うんだ。覚えておく気があるなら覚えておけばいいんじゃないかな?』
「…は?ぽ、ぽけも…ん?」
捲し立てるように言われた言葉の中に聞いたことのある単語に思わず反応を返すと生物は笑った。
『ふふ…聞き覚えがある感じかな?』
小さく首を傾げて笑うと長い尻尾をゆらゆらと揺らめかせる。不思議な動きだった。
猫よりもしなやかに、風に揺れる柳の枝よりも意思のある動き方は興味がそそられてしまい、吸い寄せられるように視線がそこにいく。
『…まぁいいや。それで君にはこの世界で重要なモノを集めて貰いたいんだ。いや、貴重なモノと言ってもいいね』
「貴重なもの…?」
オウム返しに尋ねるとエムリットは笑う。
『そう。石集めだよ。しかもただの石じゃない。世界でたった一つしかないものばかりなんだから。勿論命懸けだよ?だって簡単に人の手に渡ったら危険なモノなんだから』
君もこの世界の知識があるっていうなら勘付いてるんじゃないかな。
まるで歌うように語るエムリットは落ちてきた木の葉を持って意味もなく揺らしていた。
向けられた視線に意味深長なものを感じて咄嗟に思考を巡らせる。
すっかり昔の記憶を思い起こすのは流石に難しかったが切れ端は何とか思い出せた。
「貴重な石…ダイアモンド、とか?」
『名称は違うけどね、正解だよ。』
正式には金剛玉、白玉、白金玉という名称の三つの石がある。それぞれが異空間を治める神々を召喚するものだ。しかも並大抵の力ではない神々を召喚する石であるが故に人に暴かれないような未開発の土地に封印されている。
そうしなければ悪人の手に簡単に渡ってしまうからだ。
まさかそんな代物を探せとでもいうのか。顔どころか全身から血の気を引かせているとエムリットは笑った。
『それらを探してね?』
無理だ。反射的にそう思った。
大体この世界の常識すら知らない人間が常識の根底、というよりも基盤である代物を取ってくるということ事態が可笑しい。
そんなのは物語の主人公や主人公に敵対する相手がやるべきことで何の取り柄もない一般人である自分がやらなくても筈だ。
だけど今ここでそれを言ってしまえばこの生き物は躊躇も容赦なく自分を消すのだろう。それが彼の仕事だというのだから。
圧し掛かった精神的な重圧が重くなっていくのに従い、首を項垂れさせるとエムリットは予想外の一言を紡いだ。
『ま、今のが第一条件ってとこだけど』
「第一…?」
不穏な言葉に思わず下げていた視線を上げるとエムリットと視線が合わさる。
そこでふと違和感に気がついた。エムリットの笑い方だ。何処となく可笑しいとは感じていたが目と表情と声音が合っていない。
表情は無邪気に近い頬笑みを浮かべているのに対し、先ほどから発せられている声音は何処までも平淡なものなのだ。目元も笑みの形には歪められておらず、何の感情の色も宿していない。
気付いてしまえばぞっとするほどちぐはぐな表情のパーツに背筋が震えた。口元だけ微笑んでいる仮面をつけたようなそれは恐ろしく精巧で、気付いた者にしかわからない違和感だ。
人間とはまた違う生き物だからこそ気付きにくかったのかもしれないが、それを差し引いても完璧すぎる笑顔だった。
寒気のするほど綺麗な笑顔に思わず固まっていると、エムリットは不自然に空いた沈黙など気にしないかのように言葉を続ける。
『そ。第二条件があるんだよ。まぁ僕を含めた三神を探せばいいだけだから』
「三神って…?」
『安心して?石を探すよりも簡単だからさ』
尋ねてみたがエムリットはそれ以上言葉を重ねようとはせず、持っていた木の葉の枝から指を離した。
まるで以上で説明は終わりだと言われるような動作に口を噤むと「勘のいい子だね」と笑った。
『じゃあ僕はその時まで相応しい場で待ってるよ。』
視線の高さよりも浮遊したエムリットは段々と不思議な光を纏う。
『そうだ。最後に二つ、アドバイスをあげる。…ジムバッチを集めてごらん』
「ジムバッチって…」
ポケモン。ジムバッチ。思い出されるのはRPGで有名なポケットモンスターという携帯ゲームの存在だ。確かあれは各地のジムを制覇し、悪の組織を倒し、最終的にリーグという場所にいる四天王とチャンピオンを倒すという内容だった気がする。
展開内容はゲームタイトルに反して案外重いものが多かった筈だ。
『その顔は知ってるみたいだから細かい説明はしなくていいかな。するつもりもなかったけどね…ふふ、バッチを八つ持ってきてよ。忘れないでね』
「は…?え、あ、…」
『あとはい。これを使って頑張ってね。これが僕からの最後の優しさかな。クイックボールっていうんだよ』
草の上に何かを落としたのを最後に、一際光が強くなった。思わず目を瞑り光が無くなったのを感じ取りそっと瞼を開けるとそこには何もない。
突風のような出来事に唖然としてしまう。
残されたのはクイックボールという水色と黄色のポケモン捕獲器だけだった。
「…なんなの…?」
訳がわからない。どうして、何で、そんな言葉ばかりが頭の中をぐるぐると回っていた。

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