褪紅の記憶




それは篠つく雨の中、歪つな形で笑っていた。
目の前には既に動かなくなった躯が一つ、赤い液体を体から滴らせている。濡れた地面には夥しい量の血が鉄錆びた匂いと共に広がっていた。だが空から降る雨が緩和させるように次々と降っている為、鮮烈な赤色だったそれは大分薄まっている。
子供はあまりにも凄惨な光景に震えが止まらない。からからに渇いていく口は本来声さえ出ないのだが、それにも構わず躯を目の前にして笑っているそれに絞り出すような声音で問いかける。
「お前、が…やった、のか?」
子供の声を聞いたそれは笑みを滲ませた表情のまま振り返った。緩慢とも言える動きはまるで優美な花のように感じられるほど美しい。
「…さぁ…?」
喉の奥から笑うような声を出したソレは自身に向けられる視線を何とも思っていないようだった。
つい、と微笑みを浮かべた色の違う瞳は笑っていない目で子供を見つめる。
友人である存在が流した鮮血を両手に滴らせ、己に掛けられた嫌疑を否定しないままに。

◇◆◆

微睡みから意識を浮上させると視界がぼんやりと霞んで見えた。一、二度瞼を瞬かせると横たわらせていた体を上半身を起こす。
ぼんやりとする頭に右手を乗せると口元を笑みの形に歪ませた。歪な弧を描く口元は自嘲を含ませたものだ。
懐かしい夢を見た。
あれからどれ程の歳月が過ぎただろう。
赤い、赤い鮮血の記憶。
自分の血ではなく、初めて他人の血を浴びたおぞましい過去。幾つもの生死を繰り返した果てで初めてこの手を汚したキュウコンだった頃。
まだ何も知らなかった頃の自分の記憶は今よりも脆く痛みに敏感だった所為もあり、痛みに慣れた今となっても酷く苦いものばかり。
浅く息を吐き出すとゆるりと瞼を落とす。
「…馬鹿みたいだ」
誰もいない空間に響く声は何故か掠れていた。
大切だったものを失った時の記憶は思い出すだけでも痛い。時間が経った今では朧気にしか思い出せないが、それでもあの色だけは今も色鮮やかに脳裏に刻まれている今でも忘れられない記憶だった。
今はもう名前すら思い出せない友人だった彼の人。
優しく明るい性格で誰からも好かれるような人柄だったことは思い出せるけれど。
ぼんやりした記憶の中で彼の人の姿はぼんやりとしている。
確か、と思いだそうと記憶を掘り起こすと突如ツキリとした痛みが蟀谷を襲った。
予期せぬ痛みに思わず眉に皺を寄せる。数秒で治まった痛みにほっと息を漏らすと溜息を吐いた。
久方ぶりに夢を見た所為か、夢見なれていなかったのかもしれない。
そういえば昔は夢を見た日だけはよく頭痛に悩まされたものだ。
僅かにツキツキと痛む蟀谷を抑える。次いで懐かしい痛みにゆるりと笑ってベッドの中からそっと這い出た。
そっと窓辺に寄ると温かみのある色合いをしたカーテンを開ける。
外は柔らかな日差しが降り注いでおり、少しばかり早い春の訪れを感じさせた。
「あー…もう春か。一年って早いね」
この世界に生まれて何百万回目かの春。
気が遠くなるほど長い長い年月の末に、彼はこの場所にいた。


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