いつだって後悔しかこの手には無い




キミが泣いている。君が叫んでいる。
嫌だ嫌だと、まるで聞き分けのない子供のように何かに縋って必死に揺さぶっていた。

ゆらゆらと視界が揺れる。そのことでキミが何を揺らしているのかわかった。
緩慢な動作で瞬きをするとそれだけで酷く疲れる。彼はこの動かなくなりつつある体を必死に揺らしていた。

多分、次に瞼を閉じたら起きることが出来なくなってしまうのをわかっているのだろう。
自分でもわかった。この体はもう持たない。受けた傷が深すぎたのだろう。既に腕を上げることは愚か、声さえ上げる体力もなかった。

先ほどまで異常なほど浅く短続的に続いていた呼吸も、随分と深くゆっくりになってきたように思う。呼吸もしづらくなってきた。四肢の感覚もほとんどしない。

ぎりぎり生きているのは視覚と聴覚くらいだがそれも辛うじて、と文頭につけなければならない程度のものだ。心臓がいつ止まっても可笑しくない。

強烈な眩暈と共に目が一層霞む。そろそろ本格的に無理かもしれないな、と胸中で自嘲気味に笑うと、不意に温かい何かが温度を無くした頬に当てられた。

それは掌だった。柔らかいそれは小刻みに震えている。
嗚咽と共に「死なないで」と微かに聞こえる声は今にも消え入りそうなほど弱い。

嗚呼お願い。泣かないで。そんなこと望んでいない。
これは全部自業自得。自分で撒いた火種を無理矢理に拾った結果なのだ。最初からこうなることは知っていた。知っていてやったことなのだから何が起ころうと受け止める覚悟はしている。
こうやって命が止まろうとしていることも火種を拾い直すことを決めた日から解っていた。だからきみが泣くことは無い。

そう言いたかった。けど…もう喉は声を出すことが出来ない。
…どうして、だろう。自分の喉は大切な言葉を伝える前にいつも役に立たなかった。

あの時も、あの時も。そして今も。必要な時に声は潰され何も出来ない。
何一つ大切なことも伝えられないのだ。

役にも立たない涙だけは無意味に零れるのに、大切な言葉はこの体から零れてくれない。
それがもどかしかった。酷く辛かった。

キミが泣いている現実。君が泣いている現実。
その時には慟哭さえ出来ずにいるのに、再び瞼を開いたときにはすべてを思い出して赦されぬ罪悪感に苛まれるのだ。

誰か…誰か誰か…お願いだからと願う誰かすらいないのに祈って、言葉になってからいつも現実に気付く。救いなどありはしないということを。
何度泣いたことだろう。何度絶望したことだろう。願いなど届かないことに気付いては忘れて、希望を抱いては絶望に打ち砕かれた。

希望などないと知っているのに、知っている筈なのに願いを求める手を伸ばさずにはいられない。

涙が頬を伝って枯れ、また伝わって枯れてを繰り返す。
お願いします、と呟いた。けれど声は届かない。
誰に祈ることも出来ぬのに望む。けれど望みは打ち砕かれた。

そしていつしか気付いてしまったのだ。
願いなど叶う筈もないのだと。


すべてが夢であったなら、優しい想いを抱けたのだろうか。
後悔すら抱かない優しい夢を。

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