bad day




いつものように店の前に水撒きをしていたら珍しいモノを見た。
「おや。」
「久しぶりね玄姫。元気でいたかしら」
その珍しいモノは鈴が転がるような美しい声音で自分に話し掛けてきた。金糸の美しい長髪。深い深海の色をした青い瞳に透き通るような肌色。丹精込めて作られた人形のような美しい女性は見る者を虜にするような微笑みを浮かべていた。
「久しぶりだねぇ瑠璃。何年ぶりだろ」
「さぁ。ただ三年程は顔を見なかったかしらね」
男女問わず一度見れば忘れられない理想の女性。それが目の前にいる瑠璃揚羽と言う人物である。
正直言って玄姫はこの女性が苦手であった。
彼女はいつも毅然とした態度で笑っている。清濁合わせた彼女の過去は今やお世話にも綺麗とは言い難い経歴で真っ黒に塗り潰されたのだろう。
深い所までは誰にも読ませない。入らせない。
しかも厄介なことに彼女は自分の経歴を知る者を抹殺しようとする程、繊細な感性を持っている。
誤って彼女の秘密を知ってしまってから何度命の危機を味わったことか。今思い出しても苦い思いが込み上げる。
思わず渋面を作りそうになるのを堪えて平常心を保つと、静かに佇む彼女に視線を向けた。
「で?今回は…」
「お人形さんを作って貰おうと思って。」
彼女の口から人形と言う言葉が出た瞬間、来たなと思った。
「はぁ…やり方は教えただろう?君なら一人で出来る筈だよ。瑠璃」
「えぇそうね。そうしたいのは山々なのだけれど、今は仕事が沢山でてんてこ舞いなの」
変わらぬ笑みを湛えたまま彼女が背後から持ち出したのは長さ二メートル程の黒い箱。
「報酬はいつもの倍。それでどうかしら?」
暗に受けろと笑顔で脅しをかけてくる彼女に涙が出てきそうだ。
だがやりたくないモノはやりたくない。きちんと断ろうと覚悟を決めて口を開く。
「いやぁ。今回はやっぱり止めとく…」
「貴方に拒否権なんかないわよ」
「…随分理不尽だな。でも正直、オレがやるよりも君がやった方がいいんじゃない?仕事の合間に防腐剤施すくらい君には本を読むのと同じくらい簡単だ」
そう言ってやると彼女は鈴を転がすような声音で笑った。
「それを言うなら貴方も同じでしょう…道化師さん」
揶揄するように業とゆっくりと言われた言葉に思わず吐き気がした。別の形に歪みそうになる顔を先に笑顔で固めておく。
「あはは。随分昔のことを持ち出したねぇ」
「あら。まだまだ現役でもやっていけるんではなくて?腕が落ちていないことくらい私でもわかるわ」
「そんなことないさ」
「そんなことあるわ」
早く話を終わらせたくて段々と言葉を短くさせていくが、まるでその心を読んだかのように会話を途切れさせない瑠璃揚羽。多分彼女はこちらが了承を口にするまで心理戦や口八丁で口説いてくるだろう。
嗚呼面倒だ。
「…わかった。今回は引き受けるよ。ただし君の依頼人の御老人にはもうこんな手は使うなって言って置いて欲しいんだけど」
「…知ってたの?」
驚いたように目を瞬く瑠璃揚羽に玄姫は、まぁねと気怠そうに言った。
「物好きな金持ちが前に面白半分で来たからさ…」
あの時は気分が乗らないと丁寧に依頼を断ったのだが、欲望にぎらついた瞳をしていたから別の手で来るとは思っていたのだ。
「多分君辺りを寄越すだろうとは思ってたよ」
「なら話は早いわ。これを受け取って」
重量を感じさせる音を響かせて目の前に置かれた黒い箱は最早、棺にしか見えなかった。
「…中身は?」
「今回はミロカロスよ」
聞いた途端、嫌悪感を顕にして棺を見つめる玄姫に瑠璃揚羽は何か含みを感じさせるように小さく笑った。
「…じゃあ私はこれで。報酬はきちんと前払いで振り込んでおくわ」
「あぁ、うん。」
それに対し御座なりな返事をするが彼女は大して気にしていないかのようにその場を去っていった。
暫くその場に佇んでいた玄姫は徐に棺に手を掛けると中身が見えるように箱の蓋をずらす。
そして見えたモノに目を細めると再び蓋を閉めた。
「……。仕事しますか」
やる気などないが、せめて君だけでも綺麗な姿にしてあげよう。
美しいと謳われたであろう時を再現するように。


(この世は非情であの世は無情。どっちにしろ救いはないよ)

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