祈る神さへいなかった




グツリぐつりと粘着性のある液体が気泡を吐き出す音がする。
真っ黒な真っ黒な何もかもを飲み込むような色をしているそれは泥水よりも重苦しい。
肌が粟立つような冷たさを孕んだ液体が、抵抗する体を逃すまいとするように重く絡み付く。
これが底無し沼であるならば、まだきっと救いはあっただろう。沼の中ならば誰にも知られずに窒息しても微生物が分解してる。何も残らず誰にも知られない。
これが微生物さえいない雪山であったなら自分の体は冷凍保存されて、いつか雪が溶けたら誰かに晒されるのだろう。
それは嫌だと本能的に思った。
それならばいっそ苦しみもがきながら真っ黒な世界に落ちた方がいい。
大丈夫。痛みも苦しみもとうの昔に慣れてしまったのだから。
けれどここは嫌だと本能が拒絶した。ここは望む黒ではないと本能が訴えている。
こぽ コポッ コポリッ
だが伸ばそうにも腕は動かない。足掻こうにも足は掴まれたように動かせない。
ゴポ ごぽっ ゴボッ
口から肺から心臓から、使われていた空気が抜けていく。
持ち上がることのない体が逃げていく空気を求める。
嗚呼誰か。誰か誰か。誰か誰か。
(……かみ…さま、)
狂うように誰かを求めている心は、最後に何かを言おうとして真っ黒な水底に沈んだ。

ふっと睫毛を震わせながら瞼を開けると暗い自室が目に入った。生温い空気が我が物顔で凝るように部屋に充満しているのを感じ、溜息を吐きながら体を起こす。
途端、言い様のない吐き気がグツリと胃の腑辺りに感じられ、その不快感を堪える歯を食い縛る。
肌に滲む汗を感じながら焼けるような不快感を、胸を掻き抱くことで緩和すると荒くなった息の中、馬鹿みたいだ、と呟いた。

祈る神などいない癖に、未だその神を求める自分が滑稽に見えて。


(窒息しろよ。この願いなど)






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