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青音

晴天だ。晴れすぎた空を見上げ、光の眩しさに目を細めながらはためくシーツに洗濯バサミをとめた。物干し竿にかけられた薄いカーテンやテーブルクロスがひらひらと風にあおられて揺れている。今日はまとめて色々なものを洗ったので結構な量だ。空っぽになった籠を抱えて部屋にほとんど慌てて入る。この日射しの中で作業していた私の頭にあるのは扇風機の前で冷たい水を飲みたい、という至極当然の欲求のみだ。
ぱたぱたと音をたてて廊下を軽い駆け足で抜け、台所の冷蔵庫から氷を浮かべた水を取って一口飲む。あまりの温度の差に頭に鈍い痛みが走るがそれを超える幸福感に私は満足する。汗がいきなり涼しく感じるくらいには体が冷えたようで少し氷を入れすぎたかなと首を傾げた。
片手にコップを持ちながら扇風機に風をもらおうと自室の方へ足を運ぶ。歩くたびに小さくぎし、と鳴る床と外に吊るしている風鈴の音が合わさって妙な孤独感に晒される。夏はどうしてこうも寂しいのだろう。
「…あれ?」
自室の前まで来て何か違和感を感じ立ち止まる。何だろうと頭から部屋を出た時、そういえば部屋ばきのスリッパを間違えて廊下の途中まではいて行ってしまい慌てて戻って来て置いた記憶がある。そのとききちんとは並べられなかったはずだ。…どうして真っ直ぐ整えて置いてあるのだろう。今日はフジキ達もみんな出掛けている日で誰もいないのだが。泥棒かと疑ったけれど物盗りがそんな事はしないだろう。卯月かな、でも今まで几帳面なタイプとも思ったことはなかったけれど。恐怖を抱えながら耳をドアに当て様子を窺ってみるとすや、と小さな息遣いが聞こえる。確実に、誰かがいる。どうしよう。警察を呼ぶべきかと悩んで、しかし野性のポケモンが迷いこんだ可能性もなきにしもあらず、と励ましにもならない言葉を自分にかけて心を決める。
失礼します、私の部屋であるのに小さく小さく呟いてそっと扉を開く。親指分くらいの隙間から見えたのは風に揺れるカーテンと、水色。あ、と思わず声がもれた。今度は躊躇うことなく扉を大きく開けると見慣れた小さな少年がそこで寝息をたてて丸くなっていた。
「ラネシュくん」
暑いだろうに窓を開けただけで扇風機もつけず、彼はすやすやと眠っていた。ひらひらしたポンチョのようなその服は多分この季節には辛いだろうにお気に入りなのだろうか今日も羽織ったままだ。どうしてここにいるのだろう。起こそうかと悩んだけれどあんまりにも気持ち良さそうに眠っているのでやめた。扇風機のスイッチを入れて自分も寝転び、ラネシュくんを抱き締めてみる。水色で統一されている彼だけれど体温は身長の通りひどく暖かい。これは本人に言うと怒るだろうと一人でくすくす笑った。彼にとっては大事なことなのだ。どうして子供の体温はこんなに安心するのだろう、瞼が重くなっていくのを感じる。部屋に入る前に万一のことを考えて廊下の花瓶の横に置いたコップのことを思い出す。氷が溶けちゃうな、とどうでもいいことを考えながら私の視界は闇に満ちる。穏やかな、優しい暗闇に。
これはどういうことだろう。
瞳を開いてボクが見たのは自分の背中に腕を回し眠る沙那さんの姿だった。ぶおお、と動く扇風機と遠くの風鈴の音、そして目の前のその人の寝息。まだ夢のなかのような静かな世界だった。
沙那さん、と小さく呼んでみたけれど全く起きる気配はなく、体を離してくれる気配もまたなく。どうしようもないので動くことは諦める。なんでこうなっているのだろう。記憶を辿ると自分は沙那さんを訪ねて来てしばらく玄関先待っていたけれど誰も出てきそうになく、あまりの日差しの強さに勝手にお邪魔したことは覚えている。けれど玄関にいたのでは他の人に泥棒とでも勘違いされても困るので沙那さんの部屋の隅で小さくなって待っていた、はずだ。この辺りからうろ覚えなのは恐らく途中で眠ってしまったのだろう。それでも何故彼女まで眠りの世界に入っているのかまでは分からないけれど。
「………」
動けないなら仕方ない、ともう一度瞳を閉じる。だって何もすることがないのだ、眠るしかないだろうと自分に言う。誰も見いだろうと自分に言う。誰も見ていないことをいいことに、彼女の服の袖をそっと握りながら。

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