トロイメライ


輪廻転生や神の存在など夢のまた夢。人が死後の世界に対する恐怖心を和らげる為だけのお伽噺だと思っていた。

だけどそれは違った。それが自分の身に起こって初めてそれを実感したのだから、遅すぎるだろう。

もう幾度も転生をしている為記憶は曖昧だが最初から三度目までの記憶ははっきりと覚えている。
本を読んでいて瞬きの間に自分は自分ではなくなっていた。一度目は人間の男性。二度目はポケモンの女の子に。三度目はポケモンの男の子に生まれ変わった。
しかもどの転生後も前世の記憶は持ったまま。生まれ変わる前の記憶があるなど可笑しいとしか言いようがない。

それでも最初こそ転生というものが愉快だった。未知の領域に好奇心だって沸いていたのだ。けれど途中からそれが自分の日常となれば欲深い性格である自分は飽きてしまった。

しかし飽きたからといって転生の輪はそう易々と切れることはなく無限に繰り返される。特別死にたいというわけではないが、かといって生きることに執着しているわけでもない。
ただ望むのはこのいつまでも果てが見えない転生に終止符を打ちたいだけだ。別に記憶が無くなるというのでもいい。

この現状と自分の退屈な心情だけでもどうにかなればいいのだ。

「(って言ってもどうにもならないのが本当の所なんだけどねー…)」

麦わら帽子を被った姿で庭になっているトマトやラズベリーを収穫しつつ溜息を吐く。昼食に使おうと思い収穫した自家菜園のトマトは赤く熟れ、瑞々しく滑らかな触り心地でいい出来具合だ。サラダに使うもミートスパゲッティに使うもよし。
先に収穫してぴたブルーベリーが潰れない様に大きさが疎らなそれらを二、三個籠の中に入れるとベランダから家の中に戻る。
窓硝子を開けると冷房の利いた室内の冷気が火照った頬を撫でた。それに僅かに目を細めていると不意に視界の片隅にあった影が動く。

『何してたんだ?』
「材料の調達。」
『ふうん…』

問いかけられたことに簡潔に答えると気の無い返事が返って来た。
それを特に気にするでもなくさっさと室内に上がり込むとそれも立ち上がり後ろに着いてくる。
視界の端にその様子確かめると足の動きは止めずに問いかけた。

「どうしたの。」
『料理の手伝い。お前だけじゃあいつらの分までつくるの大変だろ』
彼の言葉に珍しいこともあるものだと内心感心する。いつのならばこちらのやること為すこと気にもしないこれが一体どういう風の吹きまわしだろうか。
敢えてそれを口に出すことをしないのは不機嫌な態度を取らせない為だ。煩わしいのと空気が重くなるのは苦手な部類に入る。

「そう。じゃあ人型になって手を洗って来て。そのままの姿じゃ無理だからね」

何気なさを努めながらそう言うと彼はさも今気付いたかのようにはっとした顔をしてキュウコンの姿から人間へと姿を変えた。
まるで魔法のような出来事にも幾度も転生している自分は慣れたものでもう驚くこともない。

「じゃあエプロンの予備がそこにあるからそれをつけて…」
『もうご飯?』

リビングのソファから顔を覗かせるのはしなやかな体を持つブラッキー。今まで寝ていたのかその声はどこか眠たげだ。

「起きたのか紅。」
『うん?うん多分ね』
「もう寝るなよ。昨日の十時から今日の昼まで寝てたんだからな」
『ん…一応頑張る』

それを聞いてキュウコンである彼は小さく息を吐いた。紅の一応、という言葉がつくときは大抵彼は頑張らない時に使う。これはこの家に一緒に住んでいる誰もが知っていることで今では暗黙の了解となっていた。

「紅葉、寝てもいいけどせめてご飯は食べたらどうかな。昨日一日食べなかったでしょう?」

紅葉は紅と呼ばれるブラッキーの本当の名前でキュウコンである彼が呼んだのは謂わば愛称と呼ばれるものだ。

『うーん。眠いんだけどねぇ…』
「今日は珍しく雪白がご飯をつくるらしいけど…」
『え。本当に?』

気だるげに伏せていた長い耳をぴんと立てた紅葉はきらりと光る赤い瞳を手を雪白に向ける。
当の本人は丹念に手を洗うのに夢中で紅葉の視線には気付かない。


それを横目に首を縦に振ると冷蔵庫から料理に必要な食材を取り出す。

「本当だよ」
「って言ってもただコイツの手伝いをするような形だがな」
『でも珍しいよねぇ…どういう風の吹きまわしなの?』

先程クロトが思ったこととを口に出す紅葉にやはり雪白の行動が珍しいものだと再認識させられた。
姫大根や姫人参をサラダ用の小皿に盛りつけ終わる頃に手を洗い終わった雪白がこちらへとやってくる。

「ミートスパゲッティにするからこのトマトを火に通してから調味料を入れて。」
「わかった。ひき肉は?」
「それは下拵えはしてあるからトマトを煮込んでいる間に別のフライパンでやっておいて」
「フライパンってどれだ?」

戸棚を開ければ三つ以上あるフライパンに眉根を寄せる雪白に顔を向けると、トンと足元に何かが触れた。
僅かながら驚いて下を見るとそこには白い何かが足に抱きついていた。よくよく見ればユキカブリという存在であるその存在に瞼を瞬きつつ声をかける。

「…どうしたの六花」

声を掛けるとますます縮こまる彼に困ったように首を傾げる。何かを訴えるように視線を向けてくる六花にどうしたものかと思っていると不意に紅葉が声を上げる。

『多分手伝いたいんだよ』
「手伝う…って料理を?」

意外な言葉に思わず紅葉に視線をやると毛繕いをしている紅葉は視線だけこちらにやって肯定を示すと六花の足にしがみ付く力が僅かに強くなった。
普段からあまり口に出して物を言うことが苦手な六花は大抵行動で自分の意思を伝えてくることが多い。
多分紅葉の言葉からして今の行動は手伝う意思があると言っているようだ。

「じゃあ…そうだね。お皿の用意でもして貰えるかな?」

表情を微笑ませることなく小さくを首を傾けて言うと六花は縦に首を動かす。僅かに頬が緩んでいる様にも見えた。



(今ではそんな有り触れた日常でさえ、尊いものでしかない)
.



prev | next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -