欠如からなる再生


目が覚めると再び始まるのは絶望と虚無感からなる螺旋律。これが幻想だと思えればどれだけ幸せであっただろう。

茫然とした表情で己の掌を見つめる少女は何度か手を握ったり開いたりを繰り返した後、やがて瞳に暗い翳りを宿した。
目の前の現実から逃れられぬとわかってしまった彼女は悲しそうに微笑んだ。

「(…また、か…)」

窓から覗く陽光に片手を翳すと丁度掌の真ん中に位置する光源を掴むようにぐっと拳を握り締める。その所作はまるで自分を照らす原因を厭い、自ら握り潰すかのようだった。

すっと目の前から拳を退かせばそこには相変わらず燦々と輝く太陽がある。

「(あー。やっぱり駄目だよね…)」

わかっていたことだというのに無意味な行動をしてしまった、と己に苦笑する彼女は掲げていた腕を力無く落とした。
行き場のない枯渇感を抑えつけるようにその場に縮こまると彼女は小さく笑う。その笑みは微笑というには余りにも悲しい仄かなものだった。

わかっていたことだ。知っていたことだ。何より何度も経験してきたことではないか。
この世界から逃れることは出来ない。自分自身から逃れることは出来ない。

最初に略奪されたのは自分の世界と居場所。次に強奪されたのは人としての生と死の条理。代わりに与えられたのは仮初めの死と短すぎる人生の繰り返し。

初めの内こそは笑っていられた。両親に会えぬ寂しさこそあったが未知の出来事に奇跡だろうかと胸躍らせ、目にするもの全てに興味がいった。
それがまさか無知な故の幸福であったなどと知っていたなら笑っていられる筈もなかっただろう。あの時の己を思えば愚かだと嘲笑してしまうが、同時に生き地獄を知らぬことへの羨望も確かにあった。

不等にして絶対の運命。再生と再死の繰り返しは己の精神を確実に蝕んでいった。

肉体に死が訪れると生まれ変わる魂。その度に顔も性別も名前さえも変わる。最初に与えられた名前さえもう思い出せない。
繰り返される人生の中で味わうのは大切な者達との永遠の別れ。得られた温もりと絆に喜びを感じる暇もなく引き離される理不尽な現実に何度憤り涙を流したことだろう。

普通の人生を欲した。今この掌のある幸せだけを感じていたいと望んだ。ただ生きていたいと。
けれど望んでも得られはしないその幸福に、いつしか死と言う名の不確かで甘美な優しい眠りに惹かれた。けれどその死すら希望ではなかったと気付いた時、ボロボロの精神に残ったのは絶望だった。

幾度目かの人生で叫び狂ったこともあった。目の前にある光景が余りに恐ろしくて自害したこともあった。けれどその次にあるのは必ず見知らぬ環境と家族と新しい肉体で、『私』という人格が消えることはない。
人間に生まれ変わることも人間でない存在に生まれ変わる時もあった。けれどいつも自分は最初の人格のまま死んだ時と同じ世界に生まれる運命にある。

味わう幸福が優しいほど失う時の痛みが恐ろしくて、五十四回目の人生から誰とも距離を置いて接するようになった。
それは疲弊しきった自分自身を守る最後の手段だったのかもしれない。けれどもうそれ以外に道は見えなかった。

本心を明かすことはしない。助けを求めることもしないで痛みで膿んだ傷口を隠し続けた。
拒絶も許容も幸福も絶望も感じること全てが無駄だと分かってしまったから、次の始まりへの終わりの時をただ静かに待つことだけを目的とした。


ふっと俯かせていた顔を上げると少女は己の紅葉のような小さな掌を見つめる。

今度はどんな人生を歩むのだろうと。自分のことなのに他人事のように無感動に思った。

眼の奥が熱くなり涙でも出たのだろうかと何気なく手で頬を触ってみるが、そこには何も流れてはいなかった。

「(…なんだぁ…)」

意味もない行動をしてしまったと持ち上げていた手を体の横に戻す。
不意に襲ってくる睡魔にゆっくりと瞼を閉じると瞼の裏に誰かの姿が映った。

(雪白…、)

意識が途切れる直前に思い浮かんだ名前を最後に胸の内で呼ぶと、まどろみの中に落ちていった。

涙が枯れたのはいつだっただろうか。
今ではもう、思い出すことも出来ない。

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