人間嫌いなアブソルと人間不信な彼女


何か。


夢の中で誰かに吐き散らすよりも何にもない場所を見つめている方が楽だ。誰もいない場所で誰も声を掛けてこない場所で何も食べずに何も何も感じず何も考えない。一度は憧れた馬鹿げた妄想は今はもう風化して塵となってしまった。幼稚で脆弱な自分を守る精一杯の方法は拙く知識のない頭ではそれくらいしか浮かばなかったのだろう。他人に都合良く捻じ曲げられてしまう現実と同じくらい価値のない守り方はその時の自分にとって唯一持っている武器だった。
けれど体の成長した自分は成長した分だけ色々なことを知る。他人とどう付き合っていけば面倒臭くない生き方が出来るか。それは優しい人間の皮を被れば幾らでも出来る。他人に優しく接っすればその分相応の見返りが帰ってくるのだ。何て安い世の中だろう。上辺だけの優しささえ見せればあの頃の自分が求めて止まないものが簡単に手に入るのだ。本物じゃなくてもいい。上っ面の、偽物の優しさだけでいいというのだからチャンチャラ可笑しい。
「なぁお前もそう思わない?だってこの世にある本には優しくありなさいと言いながら世の中に蔓延っているのは偽善ばかりなんだよ?そうだとしたらさ偽善しかないのならこの世には偽悪しかないのかもね。物事は全て表裏一体なんだからさ。偽善の反対は偽悪。なら本物の正義も悪もないんだよ」
全身を包む真っ白な毛並みに黒い顔。米神部分には黒い刃に似た角を持ち、血に濡れたような赤い瞳を持つ獣は冷めた視線で椅子に持たれる少女を睥睨する。
「その質問に答えることがね、そもそも馬鹿馬鹿しい気がするよ」
「あっはっはっは!いいじゃない、唯の暇潰し暇潰し。バトルしてくれる人間がいないんだから一緒に話そうよ。ポケモン勝負になったらすぐに打ち切ればいいんだしさ」
けらけらと可笑しそうに笑う少女に彼女の相手をするように強要されたアブソルはさも面倒くさいという態度でそっぽを向いた。どうやら話をするつもりはないらしい。それを感じ取った少女は被っていたキャスケットを目元まで下げると「酷いやつー」と笑いながら愚痴を言った。
「あんたの中で答えが出ていることに関して考えをぶつけることに意味がある?」
「ないね」
きっぱりと否定する少女にそれ見たことかと溜息を吐くとアブソルはゆっくりと立ち上がる。そして淡く体が光り出したかと思えば瞬く間にその姿は獣のものから人間に変わった。人型になったアブソルは少女のいる場所に近づくと忌々しげに少女を睨みつける。その態度に堪えた様子もなく笑みを浮かべる少女。ニタニタと人を食ったような笑い顔。だが実はその笑っている少女は何の感情も浮かべてはいないのだ。アブソルにはわかっていた。彼女が笑みを浮かべるその意味を。
「なら意味のないことをするな」
「意味のないことをしなければ人間じゃないでしょ?生きていたら意味のないものなんて沢山生まれてくるよ。人間として生きていたことがあるならわかるかもね」
少女が笑っていて笑っていない理由。それは彼女が酷く臆病であるからだ。平気で他人に嫌われようとするのにその実嫌われることを恐れている自分に気付かれるのを隠す。
「なりたくもない。この世で一番嫌いな種族になるのなんか来世になっても御免だね」
「そ?案外楽しいかもなのに。それでさっきの質問に対する答えは?」
嫌われるのには慣れている癖に本物の好意を向けられると怯えて突き放すこともある脆弱な少女。誰にも理解されることを望まず誰かを理解することを望む精神の歪んだ少女。
ニタニタと笑う彼女がいつも抱えている感情が圧倒的に負に侵されていることを知っているアブソルは小さく嘆息した。
「偽物があるなら本物はあるんじゃない?」
「ふぅん。まぁそれもそうか」
そう言うと少女は笑みを引っ込めて何処かへと行った。
少女がいなくなった場所を暫く眺めていたアブソルは小さく呟く。
「だって、ここにいるあんたは紛れもなくあんたでしかないじゃないか」

(災厄を招くポケモン?随分面白いね。どんな誤報なの。嗚呼でもその目は気に入ったから一緒に連れて行こうかな。言っとくけど叩き潰してでも連れていくからね)(ついでに名前をつけて縛りつけてやろう。そうだね、お前の名前は…)

彼女は自分の存在をきちんと知っていてくれた。それだけじゃなく側に居てもいい理由をくれたのだ。理不尽に疎まれ憎まれてきた者にとってそれがどれだけ救いになったのかきっと彼女は知らないのだろう。
臆病で本当は誰よりも弱いのに、弱いところを見せるのが嫌だと強がりをする少女を、誰が見棄てられようか。誰が否定するというのだろう。
少なくとも自分はしないというのに。赤い瞳を伏せてアブソルは小さな声音で囁いた。

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