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「ねぇ玄姫」
「ん。何?」
「チョコレートの匂いがするけど何を作ってるの?」
「あは。それは内緒かな」

さらりとした緑の髪を揺らし、赤い目で見上げる颯にカシャカシャと音を立てて何かを作る彼は視線すら向けずに返事を返す。
ただの暇潰しで聞いた颯は返事に然程期待していた訳ではないのですぐに興味を無くしたように視線を目の前のケーキに戻した。
アトリエと仕事場を兼用しているこの場所はいつもの喫茶店ではなく、また別の場所にある料理場だ。
内装は喫茶店とはあまり変わらず部屋中に並べてあるのは女性が好みそうなぬいぐるみばかりなので落ち着かない訳ではないが、この男が一体幾つの家を所有しているのか気にはなる。
聞いた所で曖昧にはぐらかされることが容易に想像出来るのが悲しい。
颯がここに連れて来られたのはつい六時間前。朝の四時に急に叩き起こされた挙げ句、地図を見せられて飛ばされたのだ。
無茶苦茶な要求に文句を言おうとしたが口を開く前に差し出されたホールケーキに閉口させられた。あっさりケーキで釣られてしまう自分にほとほと飽きれつつ、朝から好物を食べられる幸福感が胸に染み渡る。
この場所に着いたら玄姫からキッチンは見るなと釘を刺され、文句は謂わずもがなまたケーキを追加されたので何も言えなくなった。全く持って自分は誘惑に乗りやすくて仕方ない。

「ねー…玄姫、」
「え、もうケーキ食べたの?保冷用のバスケットにシュークリーム入ってるから我慢して」
「え!寧ろ充分充分!シュークリームも好きだ…って違う!!」

確かにケーキは食べきってしまったがそんなことが聞きたいのではない。いや確かにケーキは食べてしまっていてシュークリームと聞いて浮き足立ったが言いたいことは違う。流されそうになりながら何とか元の話題に戻そうとする颯は首を左右に振って持ち直した。

「シュークリーム嫌?じゃあスコーンならそこにあるからジャムとかつけて食べてて」
「いやシュークリーム好きだから別に…ってちがう!」
「え?スコーンも嫌なの?」

だが玄姫は困ったように笑って別の甘味を進めてくる。どうやらシュークリームが不満なのだと受け取ったらしい。
脱力感に耐えながら肩を震わせもしかしてこのままでは永遠に自分の言いたいことが言えないのではないかと不安に駆られた。

「だから、違う…僕はただ何が言いたいかと言うとねっ?」
「…『こんなとこでチョコレートなんて甘いモノ作って誰に渡すつもりなの?』って言いたいの?」
「そうそう!その通り…え?」

言いたいことを聞きたかった相手に言われて固まる颯に玄姫は小さく笑い、持っていたモノに再び目を向ける。

「颯は分かりやすいから言わなくても大体はわかるよ」
「…待ってよ。じゃあ何。今までの会話はわざとはぐらかしてた、の…?」
「ごめんね。つい楽しくて愉しくて」

遣る瀬ない思いに駆られ、机に突っ伏したまま動かなくなった颯は、自分の立ち位置を改めて確認した。所詮自分は底辺から脱け出せない存在なのだと我が身を嘆く颯。
そんな颯を笑いながら見ている玄姫は何かをしていた。シュルシュルと何か布地が擦れる音と紙を触る音がする。多分何かをリボンで結ぶ音だろうと見当をつけると不意にその音が止んだ。次いで聞こえてきたのは床の上を歩く音。

「出来たのー?」
「うん出来たよ。はい颯」
「これは、…随分な…」

真っ白な皿の上に置かれたのはチョコレートケーキだった。
ケーキの生地からコーティングまでチョコレート尽くしされたケーキはカカオの良い香りがする。生地の間にはラズベリージャムの層があり、艶のあるコーティングチョコレートの上には飾りとして瑞々しい実のラズベリーと緑の葉が乗せられていた。

「頑張った颯には最初に食べさせてあげようと思ってね」
「遠慮なく戴きまーすっ」

皿の横にフォークを置いて言う玄姫の言葉を待ってましたと言わんばかりに、置かれたばかりのフォークを持った颯はケーキにそれを突き立てた。
嬉しそうにケーキを頬張る颯はそっとキッチンを見やる玄姫に気付かずにいる。

キッチンの台の上には淡い黄色の箱に瑠璃色のリボンが巻かれたものがそっと置かれていた。その横にはまだ何も書かれていないメッセージカードがひっそりと置かれている。


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