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「おーい。いい加減起きろよお前」
「……」

意識が夢から引き上げられる。光に慣れない網膜がばんやりと映る人影を映した。
相手は沙那が完全に覚醒していないことが分かったらしく困ったように見下ろしている。一体誰なのだろうか。

目の前がぼんやりと霞んでいる。片手で瞼のうから擦るとぼんやりとした視界がはっきりしだした。
相手はどうやら男性だったらしい。金に近い白の髪に赤い瞳。長く伸ばした髪は緩く三つ編みにされていた。顔はとても整っていて美しいとされる部類だろう。
何故か自分が寝ている布団の横にきちんと正座しているのだが、はっきり言って見覚えが無い。

「…申し訳ありませんが、どなたでしょうか?」
「俺か?俺は風見。ツムギのポケモンだ」
「ポケモン…?」

眉を寄せて相手をしっかりと見る。だがどう見ても目の前にいるのはどうみても人間だ。
からかわれているのだろうかと胸の内に疑心うを渦巻かせているとふと思い出したことがある。
ヒサコに聞いた話だが、確かポケモンは人に擬態することが出来るらしい。仕組みはわからないがポケモンが人になったという文章が昔の文献にあったとか。
現実にそんなことは成し得ないと思い込んでいたため実際に起こると何とも言えない気分になる。
砂を噛む、とまではいかないが雲を素手で掴んでしまったような呆気にとられるような非現実的な感覚だ。

そう思うと同時に現在の自分の状況を見直して少々呆れてしまった。見たこともない男性に無防備な所を晒しているのだ。
もしも風見という男がロケット団の一味であったら暢気に会話している時点で危険極まりない。
もう少し危機感というモノを持とうと思いながらぼんやりとしている頭で疑問をぶつけてみる。

「ちなみに貴方はなんのポケモンなのでしょう?」
「本当の姿はキュウコン。最初は原型の姿で起そうとしたんだけど中々起きないからさ、人間の姿になって起したんだ」

時計を見てみれば時間は既に朝の八時を示していた。いつもの起床時間よりも四時間も寝坊している。
これが普段の勤務の日であったならば慌てふためいていただろう。
しかし今日は初めて貰った休暇の日である。つまり寝坊してもある程度の文句は緩和されるのだ。

「それは…御迷惑お掛けしました…」
「いえいえ。」

けれどいつも通りに起きようとしていたのに寝過ぎてしまったのは事実であるため、布団の上で正座して深々と頭を下げて言うと風見も同じように頭を下げてきた。

「えぇと…それでアザミさん」
「なんだ?」
「起して貰ってこのようなことを言うの申し訳ないんですが、着替えたいのでリビングに先に行って貰えませんか?」

つまり遠回しにこの部屋から出てくれという意味を含めると風見は心得たように一つ頷いく。
シュンッという効果音と共にキュウコンの姿に戻ると部屋の扉から出て行った。しかもきっちり扉まで閉めて。

「擬人化…」

到底信じられることではないと思いながら沙那は手早く身支度を済ませ昨日籠に寝かせたままの卵を見る。
だが大した変化はないようなので皆がいるであろうリビングに向かった。

階段を下りるに連れて漂ってくる食事の匂いに食欲を刺激される。
ドアノブを捻りリビングに入るとそこには家族団欒の図が広がっていた。

「あら沙那さんおはようございます」
「今日は随分遅かったね」
「すみません。寝坊してしまいました。ツムギさんと風見さんにもお手を煩わせて申し訳ありません」
「いいえ。僕は構いませんよ。風見もきっとそうでしょう」

皿を運んでいるヒサコを手伝うツムギに礼と謝罪を込めて言うと横からひょっこりと風見が出てきた。そして一言鳴くと広場にいるポケモン達の輪に入って行ったのだった。

「あれは多分気にするなって言ってるんだと思います」
「え?」
「付き合いが長いと自然とポケモンの言いたいことが分かる様になるんですよ」

てっきりツムギもポケモンの言葉が分かる人間なのかと思った沙那は即効自分の考えを見透かしたように否定の言葉を言ったツムギに目を瞬かせる。

「確かにっ!俺も旅してからずっと一緒にいるポケモンとは何となく意思の疎通が出来るようになったし」

ツムギの言葉に便乗するように笑いながら入って来たトキは硝子のコップを食卓に並べながら続ける。

「てか生まれる前からポケモンと触れ合ってた所為もあるんだろうけどな」
「そうでしょうね。父さんと母さんは育て屋の技術だけじゃなく観察眼も優れてましたしね」
「尊敬するけどちょっと悔しいよな」

ツムギとトキの言葉は身内の贔屓目無しに自分の親を褒めていた。ライバルとして超えるべき壁として彼らは自分の親を見ているのだろう。

「貴方達はまだ若いですから努力すればきっと私達よりも立派になれますよ」
「まぁ落ち着きがないところがなくなりさえすればだがな」
「…父さん。まだ根に持ってるんだな。」

トキの辟易したような表情に当たり前だといわんばかりに笑うフジキ。それを楽しげに見つめる面々。

何も知らぬ育て屋に変わらぬ日常の和やかな雰囲気が流れる。

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冷たい空気が滞る薄暗い室内。絶対防音を目的として作られた部屋は数台のパソコンとアタッシュケース、一つの人影以外は存在せず、何処か冷たい印象を受ける。
そんな空間に響くのはキーボードを素早い動作で打つ音だけだ。
画面には膨大な量の情報量を伝えてくる数件のメール。それを開いては削除の繰り返しをしている人物はただ無感動に作業をしていた。
退屈という表情を浮かべるでもなく、しかし楽しげというわけでもなさそうに、表示される文字を目で追っては削除の繰り返し。

その華やかな美貌とは程遠い表情は人形のように無表情で何処か暗い影が差して見える。長い髪は両側の一房だけを後ろで止めているようだ。
白い肌に淡い金色の髪と深い深海の色をした瞳はその美貌をより際立たせている。

ふと彼女の懐に入っている携帯機械が振動を伝えてきた。作業に没頭していた彼女は一旦その手を止めて携帯機械を取り出す。
その機械は彼女が仕事に使う為に愛用しているものだった。長年使っているというのにボディ全体が白く統一されているそれは傷一つ見られない。

メールが一件表示されている。ボタンを押し内容を確かめると彼女は初めてその人形のような顔に表情を浮かべた。
それは傍から見れば見る者を虜にする柔らかい笑みだが、彼女が微笑んでいる理由を知れば誰もが異常と見なし一目散に逃げるだろう。

書かれていた内容は一般人では普通やりとりされないような文面だった。

その依頼は簡略として書かれていた。身元不明の人間とポケモンの捜索及び買い取り。金額は人数分に置いて加算。

淡い笑みを浮かべた彼女はそのメール内容を送った依頼主にすぐさま了承の返事を送る。

彼女は捜索、情報を仕事をしている人間だった。それこそ表の企業から非合法な組織や団体にまで幅広く扱っている。
この仕事はあくまで副業であるのだが絶対的な情報は世界各地の依頼主に信頼されていた。

明らかに先程よりも上機嫌になった彼女は残っていたメールの内容を全て把握したあと、全て削除して座っていた椅子から立ち上がる。
すると再び振動する携帯機械を取り出すと耳に当てた。

「はい。」
『空を貫く者ですが』

相手が暗号のような言葉を言うと彼女は眼を細めて笑みを深くする。

「えぇ。いつも御贔屓にして頂き感謝していますわ」
『…先程の件。受けて頂けるようでしたら早急にこちらへきて頂けませんか?実は時間が押して居おりまして。場所は、』
「いつもの場所ですね。こちらは構いません。二時間もすれば着くと思いますので」

依頼主の男の言葉を遮ってそう言うと男性は低い声音で笑った。

『話が早くて助かります。』
「おだてても何も出ませんよ」

片手だけで手早く支度を済ませるとアタッシュケースを掴み彼女は薄暗い部屋を出た。

『全く喰えない人だ…瑠璃さん』

溜息と共に言われた言葉は彼女に対し皮肉を込めていた。

「お褒めに預かり光栄だわ」

微笑んでそれを流した彼女は携帯機械を何の躊躇いもなく切ったのだった。


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