11


あれは昼の十一時くらいだったろうか。仕事に区切りがつき、丁度休憩時間を入れていた時だった。

突然母屋としている育て屋の天井に凄まじい破壊音が響き渡ったのだ。その音を聞いた瞬間、フジキと沙那は青褪めた。

またロケット団か何かの組織が来たのではないかと。

爆風と崩れる音。咄嗟に庇った腕に走る鋭い痛みに顔を顰めながら必死に目を開ける。

「…いっつつー…あー着いた…」
「ごほごほっ全く…トキはっいつも人が止めてるのに…」
「悪かったってばっ!」

視界に見えるのは土煙とぼんやりと映る二つの人影だけだった。声からして男だろう。

「…まさか…トキとツムギか?」

茫然とした様子で二つの名前を口にするフジキ。それを聞いた沙那はふと聞き覚えのある言葉に引っ掛かりを覚えた。

黙考していると不意に立ち上がったフジキは未だに止まない煙の中に一人歩いて行った。無謀なことをしようとしているフジキに足を一歩踏み出す。

「フジキさんっ?危険です…っ」
「この大馬鹿息子共めがーーっ!!!」
「と、父さんっ!」

その行動に驚いた沙那は思わず叫ぶと同時にフジキは怒声を上げたのだった。

「ばか…息子…?」

久方ぶりの涙の親子の再開はフジキの怒髪天を突いた二人の息子によって台無しにされたのだった。

____________________

粗方掃除されたリビングに四つの人影。その内二人は特大のタンコブを頭に拵え、一人は苦笑しながらお茶をだし、一人は頭を抱えて唸っていた。

「だってさー。親に久し振りに会うんだから格好よく登場したいじゃん?」
「トキはもう少し抑えた方がいいよ」

冷静に指摘するツムギにこの場にいるトキ以外の二人は強く同意した。
二十歳を超えているのに少年のような落ち着きの無さは危なっかしい。

「本当にトキは少しは成長してくれ…」
「…フジキさん、私は本当にいいですから、それよりも昼食を食べてしまいましょう」

疲れたように溜息を吐くフジキ。そんな彼を横目におぼんに乗せて四人分の食事をテーブルに並べると輝く視線を送るトキの視線に築いた。

「おぉ!」
「…手を洗ってから食べて下さいね」
「…なんか沙那ってうちの母さんに似てるな…」
「そうですか?」
「ま。いいや頂きまーす!」

それは褒められているのだろうかと思いつつ取り敢えず流しておいた。

「そういえばきちんと挨拶をしていませんでしたね。初めまして沙那さん」
「あ、いえ…」
「ふほっほべばぼびっへひうんは!」
「…トキ。口の中のモノを全部呑み込んでから言わないと。」
「ふぉひ」

苦笑するツムギに指摘されもぐもぐと口の中のモノを胃の中に詰め込むと、再び口を開く青年。そんな彼に重い溜息を吐くフジキは一人哀愁を漂わせていた。

「悪いな。俺はトキだ。この家の長男でトレーナーになる為の旅に出てる」

快活にはきはきとした物言いをする青年の名をトキと言うらしい。ざんばらな茶髪に橙色の瞳はフジキから継いだようで容姿も整っている。長男というには些か落ち着きがないような気がするがこれが彼の持ち味なのだろう。

「僕は次男のツムギです。ブリーダーになる為の旅に出ています」

穏やかで丁寧な物言いをする青年が次男のツムギ。容姿はヒサコの容姿を受け継いだようで眦が少々下がり君で薄い藤色の髪に青色の瞳だ。
先程の言動から見てやんちゃな兄の暴走を止める役が気長な弟の役目になってしまったのだろう。よくある兄弟の性格の差だ。

成る程、と納得すると上体を彼らの方へ向ける。

「初めまして。居候兼ここで働かせて頂いている沙那と言います」

椅子に座ったまま頭を軽く下げるとトキは明るく笑い、ツムギはこちらと同じように会釈をして返す。

トキとツムギは予想とは違い話しやすい気質で、あまり人と話すことが得意ではない沙那も普段よりも口数が多くなっていたようだった。

談笑しつつ皆思い思いの品から食べる中、一人かぼちゃの冷製スープを飲んでいるとフジキに真剣な顔で名前を呼ばれた。

「沙那、ちょっといいかな」
「はい?何でしょうか」

何を言われるのだろうと首を傾げているとフジキは持っていたフォークを置いて手を組む。

「先日の…ロケット団の件でなんだが…」
「父さん、何もいきなり…」
「いや今でないといけないんだ。それで…それは君も忘れられない傷になっていると思う」
「…」

あの時のことは今でも鮮やかに覚えている。いや忘れられる筈がないのだ。人間を、生き物をこの手で傷つけた記憶。あの時の映像は鮮明過ぎて忘れられず、時々フラッシュバックする時がある。

またあの時の感情が自分を支配したらどうなるのだろうと。それはあのロケット団が行った行為にではなく自分の沸き上がる衝動に対する純粋な恐怖だった。

ふと夢に出てくる赤い月を思い出した。
何故こんな時に思い出すのか分からないが、得体の知れぬ不安が平常心を煽っていくのだけは分かった。

底知れぬ恐怖から沙那は血の気を僅かに引かせる。

「折角気が休まった時だというのにすまない…だが、どうしても話しておかなければならないと思ったんだ」
「…いいえ大丈夫です。何の話でしょうか?」

沙那の様子を見ていたフジキは苦渋に満ちた顔で一瞬躊躇うが思い切ったようにある提案をしてきた。

それは沙那がポケモンを持ったらどうかというもの。その理由は沙那がパートナーとなるポケモンを持っていないから。

あのような事件は起こって欲しくはないが、絶対に起こらないとは限らないのだ。そう考えるといざという時戦えない沙那は人質に取られる可能性がある。

「だから君にもせめて一匹…出来れば二匹くらいはパートナーとなるポケモンを作って欲しいんだよ」
「私が、ですか…」
「あぁ。卯月が手持ちならこんな話はしないんだが、君は卯月を手持ちにしたわけではないだろう?」

その言葉に考え込むように思考する。
フジキの言っている意味が分からないほど愚かではない。自分の身を守る為にはこの世界ではポケモンは何より心強い味方になるだろう。

「(…手持ち…手持ちかぁ…)」

育て屋で働いてきた沙那はそれなりにポケモンの世話はしてきたからある程度の知識はある。
けれどそれはこの世界で生きている人に比べれば微々たるものでしかない。戦闘経験など以ての外だ。

第一に沙那は自分がポケモンを持つことなどあまり考えてはいなかった。
それはポケモンが苦手だからという理由ではなく、育て屋のポケモン達の世話をしているから自分に手持ちがいないのを忘れていただけなのだが。

そんなポケモンを育てたことのない人間にいきなりポケモンを持てなどとフジキは無茶を言う。

「俺も持った方がいいと思うな」

沈黙を破ったのは今まで食事に夢中になっていたトキだった。

「トキ…ちゃんと話しは聞いてたんですね。いつもは聞いてくれと言っても聞かないのに…」
「お前って案外お兄様に態度キツイよね…ってそうじゃなくてだな」
「あはは。そんなことありませんよ」
「ツムギ。お兄様の目を見て話そうかって、だからそうじゃなくてっ!」

慌てて話を戻そうとするトキの言葉を切り捨てるとツムギはこちらにしっかりと視線を合わせてくる。

「でも僕も賛成かもしれません。沙那さんは育て屋で働いてるし、ポケモンを持っていた方が心強いと思いますから」

二度も言葉を遮られてスプーンを口に咥えて拗ねているトキを放っておき笑顔で話してくるツムギに何故だかヒサコの影が重なって見えた。ツムギ、侮りがたし。

「そうですね。パートナーは必要かもしれません」
「そうか。よかった…じゃあ早速育ててみないか?」
「…はい?」

フジキの提案に前向きな返答を返すとすぐに困惑してしまうような言葉を言われた。

「そ、育てるって…」
「実はもう君のパートナーを選んでみたんだよ。ツムギに頼んでね」
「……」

あまりの展開の早さについて行けず言葉を失くしてしまう。この首尾の良さは些か可笑しく思える。もしかしてこの一家は人の未来でも予知しているのだろうかと疑念が沸いてしまうほどに。

「これです」

ツムギが両腕に抱えてきたのはダチョウの卵よりも大きな大きな卵だった。すぐにそれがポケモンの卵だと分かった沙那は驚きのあまり手に持っていたスプーンを手から滑らせる。

「へぇ。それか」

卵に興味を持ったトキが頬杖をついた体勢からゆっくりと姿勢を正す。その瞳は先程までとは違い、どこか楽しそうな感情を宿していた。

「ポケモンの卵って…そんな…」
「沙那さんは育て屋だから卵の世話の仕方についての知識もあると思います」
「え、えぇ。ありますけれど…」
「では問題ありませんね」
「あ、いえ」

けれど自分はまだ卵を育てたことがない。だからパートナーは自分で探す、と断ろうと口を開く。

「私は…」
「良かったなツムギ。そいつのパートナーずっと探してたんだろ?」

トキが『そいつ』と言って指差すのは卵だった。

「えぇ。この子に親はいなかったようですからね」
「育てようにも俺達も旅してるし、場所も中々育てにくい環境だしな」
「そこに父さんから沙那さんの話を聞いたので本当に安心したんですよ」
「………。」

どんどん外堀を埋められていく。断るタイミングを完全に逃した

「では。頑張ってくれ。相談されれば俺達も手助けするからな」
「…はい!」

止めとばかりに笑顔を向けてくるフジキの存在に沙那は同じように笑顔を返すしか術がなかった。

「(卵…うっかり落として割らない様にしないとなぁ)」

大雑把な面がある自分に不安を覚えながら、息づく卵をそっと抱え直すと、沙那は小さく息を吐いた。

.



prev | next



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -