09


コガネシティ占拠から一週間程経った。育て屋はポケモン達の力もあって三日ほどで修復された。

病院にいるヒサコは意識を取り戻し、今では起き上がれるようになった。フジキと交代で見舞いに行った際、ポケモン達のことを話せばヒサコは大層嬉しそうに笑った。我が子を思う母親のような優しく穏やかな笑みだった。
ヒサコに比べ軽傷だったフジキは三日も経つとすぐに育て屋の仕事を再開した。正直これには助かったと思った。

ポケモン達が怪我をすればポケモンセンターに連れて行けばいいのだが、食事の支度やブラッシングは一人では追いつかなかったのだ。
しかも自分は新米で手際も二人よりも遥かに悪い。実際フジキが帰ってきてから仕事の作業は格段に早くなった。

「病み上がりだというのに本当にごめんなさい。大してお役に立てず申し訳ないです」
「いやこっちも好きでやってるからね。習慣になっていることを突然出来なくなると体が疼いて仕方ないんだ」

サンダースのブラッシングをしながら申し訳なさそうな表情と共に謝罪を告げる沙那に、何てことないと言うフジキ。
話しながらもポニータにブラッシングを掛ける手は止めていない辺り、流石と言うべきか。

そう言えば見舞いに言った際、ヒサコもフジキと同じようなことを言っていたのを思い出す。
自分の目で確かめないとポケモン達が心配でならない。仕事と言っても好きでやっていることだから、こればっかりはどうしようもない。
苦笑いながらそう笑っていた彼女の顔をぼんやりと思い出す。やはりヒサコとフジキは似た者夫婦なのだと改めて思った。

「…ありがとうございます。ヒサコさんには及びませんが私も頑張りますね」
『おい。手止まってんぞ』
「あ。ごめんなさい」

話すことに夢中になり止まってしまった手を指摘され再び動かし始める。まだ慣れない自分に情けなさが込み上げてきた。

「はぁ…」
「思っていたんだが…沙那はポケモン達と話すことが出来るのかい?」

ほぼ確信に満ちたフジキの問いかけに一瞬間を置く。
別に隠していたことではないので今更彼らに話しても問題はない。この能力を冗談と取るか真面目に受け取るかは彼ら次第なのだ。

「えぇ。出来ます。ただこれは先天性のものではないんですけどね」

普通ならポケモンと話せる人間など興味津々で根掘り葉掘り聞かれそうだが、ここの人間は人の事情に込み入ったことを聞いてこない。それは生来の人柄の良さからくるのだろう。
フジキは沙那の話したくないという雰囲気を読み取ったのかにこやかに話を打ち切った。

「やはりそうだったのか。後天性ということは何か切っ掛けがあったのかもね」
「そうですね」

切っ掛けで思い当たるのはあの毒々しいまでに黄金色をしたリンゴ。あれを食べた後ポケモンの言葉が聞こえるようになり、おまけに吐血したのだ。
あれが原因であると言っても過言ではない。というより原因そのものであろう。

「フジキさん。黄金の色をしたリンゴって見たことありますか?」
「ん?新しいリンゴの品種名かい?」
「…いいえ。違います…そうですね。夢に出てきたんですよ」

ふと疑問に駆られて思ったことを口に出すとフジキは不思議そうな表情をした。その表情を見てすぐに取り繕ったことを言うとフジキは「あぁ成る程」と笑って自分の作業に戻った。

「(…やっぱり無いのか…)」

彼の反応を見る限りこの世界にあの果実は存在しないようだ。
嬉しいと言えば嬉しい。あのような奇妙としか言いようのない得体の知れないものが世の中に出回っていたら、この世界に馴染むことは出来なかっただろうから。
黄金色やら銀色の青果物がこの世界で普通の常識だったなら絶対に食べられない。また血を吐くのは御免だ。

あの時の苦しみを思い出してつい苦い顔をしてしまう。病気でも何でもないのに血は吐きたくない。そもそも病魔にも襲われたくは無いのだが。

「あぁそうだ…今思い出したんだが」

ブラッシングを終えたフジキがこちらに向き直る。彼には珍しく険しい顔つきでいることに沙那は少なからず驚いた。

「街を襲ったロケット団…例の少年がほとんど壊滅状態に陥らせたのだが、幹部数人にはあと一歩と言うところで逃げられたらしい」
「にげ…られた…?」

フジキの言葉を信じられない面持ちで目を見開く。

「…どうして…」
「思ったよりも下っ端の連中が多かったらしくてな、そいつらを片づけている間に幹部の人間達は逃げおうせたらしい」

自分の中で何かが崩れていく音が聞こえた。

逃げたということはゲームのシナリオ通りにいかなかったということだ。つまりシナリオとは全く別の道筋にずれたということでもある。
組織を壊滅させたとしても幹部が屈服しなければ意味が無い。今味わうこの日常が仮初めの安息になってしまう。

どうして逃げたのだろう。何故捕まってくれなかったのだろう。

果ての無い闇が視界の全てを覆いそうだ。

『…?おい、どうした?』
「いいえ。何でもありませんよ」

訝しげな顔をするサンダースにはっと意識を戻し、もう終わりだと告げると感謝の言葉と共に彼は離れて行った。

「さて無駄話のここまでにしよう。まだまだ仕事はあるぞ。今日も頑張ろうか」

幸いにも動揺が顔に現れなかったようでフジキは次の仕事の支度を始めていた。

「はい」

フジキの言葉に笑って返すとブラッシング用の道具を籠に仕舞い直し、先に歩いて行ったフジキの後ろを慌てて着いて行った。

今更ロケット団がどうしたという。彼らも馬鹿ではない。一度占拠に失敗した場所を選ぶ筈がないだろう。

「(まぁ深くは考えないでおこう)」

それに逃げたのは幹部の人間だ。自分とは会っていない。殴った団員の部下の方は皆ジュンサーに捕まっていた。

(そう…だから大丈夫。)

この安息は終わりはしない。きっと。


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