06


ポケモンフーズと水の入った器を両手でしっかり持つと沙那はヒサコと共に秘密の場所へと赴く。

育て屋の庭は広い。それは駆けることを好むポケモンや体の大きいポケモンに窮屈な思いをさせない為でもあるらしい。それ故街の中でも育て屋の家は都市部とは離れた場所にあるのだ。

育て屋の庭はちょっとした森林やいかりの湖に見立てた大きな池、草むらや花畑などもある。その他に岩場や洞窟などといった様々な環境も揃えている。
これらはほとんど天然ものらしいが花畑だけはフジキとヒサコが丹精込めて育て上げたものらしい。花の種類は様々で季節が移り変わっても寂しくならないよう配慮して植えられているらしい。

「今の時期は夏に近いから赤詰草とか雪ノ下、杜若や菖蒲なんかが綺麗ねぇ。もうすぐ芍薬も咲くんじゃないかしら?」
「…シャクヤクですか…」

この世界にも芍薬や存在するのかと感心していると他にもクローバーや文目、ジャスミン、小手毬や大手毬も咲いていると言っていた。日本で有名な花が多いのは気のせいだろうか。

そんなちょっとした知識を聞きながら目的の場所に着くとタイミングよくピカチュウの親子が現れた。

『そろそろ来る頃なんじゃないかと思ったんですよ』
「あら。貴方は紅藤ね?」
『こんにちはヒサコさん』
「…相変わらずヒサコさんとフジキさんはすごいです」

紅藤とレモンは本当にそっくりなのだ。そのどちらかを見分けられるなど既に人間の領域を超えている気がする。
彼らの世話をしている現在の自分でも迷いなく当ててしまうことは未だに難しい。普通のポケモンならばちょっとした模様の違いや目の大きさで判断がつく。しかし紅藤とレモンだけはそうはいかない。

何故なら紅藤はメタモンだからだ。へんしん能力でレモンにそっくりに化けている紅藤はぱっと見てみるとどこからどう見てもレモンにしか見えない。

「ふふふ。この子と達と触れ合っている内に沙那ちゃんにも分かる様になるわ」
「まだまだ程遠い気がしますけどね」

ポケモンフーズを入れた皿を配りながら苦笑するとふとずしりと頭が重くなった。最近頭に何かが落下してくることが多い気がする。

「…この重さはケーシィだね。」
『…ん…。久し振り…』

言い当てるといつものような眠たげな声音が返って来た。ちなみに彼が来たのはつい一週間くらい前のことで久し振りというほど間を空けて会っていない訳じゃない。

というよりも野生ポケモンなら普通は人間の前に自分達の姿を現わさないものじゃないのだろうか。
もし仮にそうだとしたらこのケーシィはかなり稀な存在ということになる。

「常々思うんですが…何故君はいつもいつもテレポート地点を私の頭の上にしているのでしょうか?」

未だに離れないケーシィに苦言を伝えると黙考の間を持ってたった一言を返された。

『……安心するから…』
「寧ろそこは不安定な場所だと思われますが。ケーシィさん」
『…俺は安心するから…』
「さいですか。」

我が道を行くケーシィの性格は結構好きだ。時々その事が苛立たしく思えるが許容範囲であるからさして気にならない。
強いて言うなら彼は自分の内側の位置にいるから多少のことは目を瞑ることが出来るということだ。

「この年で肩凝りになりそうだ…」
「ふふふ仲がいいわねぇ」
『…仲いいの?…』
「いやいや私に聞かれても答えかねます」

困ったように返すとケーシィも首を傾げた。「そういえばその子には名前をつけないの?」

お互いに困っていると唐突にヒサコにそんなことを言われて戸惑う。

「ケーシィは私の手持ちじゃないですし名前は付けられませんよ」
「あらそうだったの?てっきり貴方の手持ちなのだと思ってたわ」

驚いたように言うヒサコにそんな風に自分達は見えていたのかと変に納得してしまう。確かにケーシィはいつも自分の頭の上にテレポートしてくるし、傍から見ればそれは手持ちのポケモンを放し飼いにしているように見えなくもない。

『…欲しい…』
「ん?ポロック?」

もぞもぞと頭の上で動くケーシィに視線を向ける。

『…名前欲しいな…』
「何故に。」
『…欲しいから?』
「…んじゃ卯月ね。」
『…考えるの早い…』

不満そうに告げてくるケーシィを宥めつつピチュー達にポケモンフーズを配る。

別に適当に考えたわけではない。前々から考えていた名前を言っただけだ。だがそれを言うのも何だか気恥しく感じられたので敢えて口を噤む。

「はいはい。いいじゃない…」

和やかな雰囲気を壊すようにドゴオッと激しい破壊音が響いた。

「何の音?」
『あ、あっち!』

その場にいた全員が音がした方向へ視線を投じる。そこからは砂煙がもうもうと立ち上っていた。

「あっちにはポケモン達とフジキさんがいる筈よ」

段々聞こえてくる悲鳴にヒサコさんは立ち上がる。

「ヒサコさん待って…っ」
「沙那ちゃんはここにいてレモン達を守ってあげて?私もすぐに戻るから」
「いや私が行きますからっ」

止める間もなく駆けて行ってしまったヒサコの後ろ姿を茫然と見つめ伸ばし掛けた腕をゆっくりと下ろす。

その後ろ姿に何故か焦燥が止まない。

『音大きかったね』
『ヒサコさん大丈夫かな』
『フジキさんも…』

ピチュー達が言う言葉はまさしく自分の思っている通りの言葉だ。先程の爆音は尋常じゃない音だった。

まるで昔テレビで見た爆弾のような…

「爆弾…」

そこまで考えてふと気付いた。

ここは育て屋だ。トレーナー達が育てたポケモンを預かる場所であり、そのポケモン達は大抵それなりの戦闘力がある。

つまりそれを奪おうとする人間は確かに存在するのだ。しかもここはコガネシティ。ジョウトでも人口が最も集まりやすい。

そしてこの街はある組織が占拠した場所でもある。

「まさか…」

辿り着いた答えに血の気が引いていく。まさかそんなことが有る筈ない。有って欲しくはない。

「な、んで…」
『…沙那…?』

沙那の様子が変わったことに気付いたケーシィが怪訝そう問いかけてくる。だがそれに応える余裕は今の十分にはなかった。

もし自分の予想が当たっているとしたらそれは最悪の事態になる。

「レモン…紅藤…」
『…何ですか?』
「この庭に誰にも見つからない場所はある?」

視線だけは衝撃音のする方向に目をやりながら二匹に問いかけるとすぐに頷いた。

『そこの茂みの中に地下に通じる穴がある』
『この間、野生のサンドとディグダがつくっていった所なんですけど』
「この数は入れる?」
『入れます』
「でかした」

紅藤がそう頷いたのでほっと安堵の溜息を吐く。

「今から紅藤達はそこに隠れて。音がしなくなるまでは絶対外に出ないこと。ケーシィは今すぐに森へ帰って安全な場所に移動」『…沙那…はどうするの?』

ケーシィを頭から下ろすと靴紐を結び直す。

「んー…ちょっと興味本位で覗いてくるよ」

軽く笑ってケーシィ達に別れを告げるとそのまま振り返らずに走りだした。

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息を切らしてそっと広場を覗くとそこには信じられない光景が広がっていた。フジキとヒサコの手持ちを含めたポケモンが檻の中に入れられていく。

傷を負った二人は自分達の背にポケモンたちを庇っている。思わず二人に駆け寄りたくなったがぐっと堪えた。

今自分が出て行ったとして何が出来る。ポケモンを持っていない自分が相手に出来る程甘い存在ではない。

せめてバトルの経験があれば力になれただろうが。今は嘆いている暇はない。

(…取り敢えずジュンサーを呼ぶくらいしか出来ない)

隙を見て此処から出た後、そこまで行ければ何とかなるかもしれない。

「止めて下さいっポケモン達を放して!」

叫ぶヒサコを横目に後ずさった時だった。

「うるせぇっズバットつばさでうつだ!」

…赤い何かがヒサコから舞い散った。ゆっくりと倒れていく細い肢体が人形のようだと思えた。

あぁ。これは何だろう。
沙那がそう思った時、いつの間にか喉から押し潰されたような悲鳴が漏れ出ていた。

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