05
どんなにポケモンに愛情を与えて育てても所詮私達は預かっている身。必然的に今預かっているポケモン達だっていつかは別れる時が来る。
悲しいが迎えの来るポケモン達の幸せそうな顔を見ればそれは喜ばしい気持ちに変わる。
けれどそうじゃないポケモンもいるのだ。その種類は二通りある。
一つはトレーナーの迎えの無い場合。そういったポケモンはトレーナーとの永遠の別れを意味する。捨てられたポケモン。パートナーとなるべき存在を失った彼ら。
育て屋側としてもそんなポケモンは見たくないのでトレーナーに連絡をする。連絡が取れる人もいるが、中にはいくら育て屋が連絡を取ろうと出来ない人がいる。
旅の中で亡くなった方もいれば意図的にポケモンを捨てる名目で捨てた人もいた。
そういったポケモン達には選択肢を与えるようにしている。選択肢としては新しいトレーナーについて行くこと。とはポケモン研究所に行くか野生に戻るかそれとも育て屋に残るか。
育て屋というのは余り知られていないが国が前衛的に寄付をしてくれる場所なのだそうだ。だから金銭面に関しては幾ら残って貰っても余裕があるらしい。その話を聞いて本当にこの世界はポケモンを中心として考えているのだと感心したものだ。
自分の世界では人間が中心で当たり前と言った常識であった。この世界の場合、自然現象を操るという生き物を蔑ろに出来ないという理由もあるのだろうが、それを差し引いてもいい仕組みであると思う。
「まぁ…ポケモン達の多くは新しいトレーナーに着いて行くことや野生に帰るというパターンが多いな」
「野生に帰る…というのは人間不審に?」
「中には仕方ないと思ってくれる子もいるが大体はそうだね。捨てられたという事実に傷ついて暴れる子もいたよ」
「…そうですか…」
フジキの手伝いをしつつその話を聞いている自分は途中何度も作業の手を止めかけた。
人間とは何と愚かしいのか。けれどお前は実際にポケモンを捨てたりしないのかと聞かれれば答えを返すことが出来ない。
自分はトレーナーでもなんでもない、単なる育て屋の人間だ。彼らの気持ちなど押して測ることなど出来やしない。一人で何匹ものポケモンを育てたこともない人間がトレーナーに言えた義理じゃないのだ。
育てている身としてはポケモン達に幸せに成って貰いたいが現実は上手くいかない。
皿を洗い終わると肩を解すように腕をぐるぐるを回す。一週間も同じことをしているのでこの作業にも慣れてきたように思える。
「おぉそうだった。沙那はこの後休憩だったね。ちょっとついてきて欲しいところがあるんだが」
「お仕事ですか?」
「いや、単なる私情でだよ」
「…私情?」
着いてきてくれればわかると笑いながら言うフジキに首を傾げながらも、エプロンを椅子に掛けてその後を小走りで着いて行く。
私情とは何だろうか。
案内されたのは広場の奥の方に設置された日当たりのいい場所。こんな場所があるなんて今日初めて知った。
「こんな所があったんですね」
「あぁ。ちょっと待ってておくれ。レモン、紅藤、出ておいで」
フジキが一声掛けると横にある茂みががさがさと揺れ出した。一瞬ケーシィと会った時のことを思い出す。
何がいるのかと思えばちょこんと顔を出したのは二匹のピカチュウだった。手招くフジキの手に擦り寄りじゃれ合う二匹。するともう一人ひたことに気付いたのか一斉にこちらを見た。
「か、可愛い…」
同じように首を傾げてこちらを見てくるピカチュウ二匹に思わず口を滑らすとフジキは可笑しそうに笑った。
「ははっ実はなこの二匹は夫婦なんだよ」
「へ?そうなんですか?」
「そうなんだ。二か月くらい前に卵を産んでねぇ。今は皆ピチューになっているんだ」
反射的にピチュー達に囲まれるピカチュウの和やかな家族の図を思い浮かべて顔がにやける。なんという可愛い家族構成なんだ。
「じゃあ今日はその子達を見に来たんですか?」
「そうそう。実はこの二匹の子供を世話手伝って貰いたいんだよ。」
「(フジキさん。何貴方無茶ぶり言ってんですか?)」
言われたことにひくりと顔が引き攣る。和やかに言うフジキの言葉と笑顔がその時ばかりは鬼に見えたのは言うまでもない。
「勿論二匹には許可を貰っているよ」
笑いかけるフジキに二匹はこっくりと頷く。
『人間に子供を見せるのは不安だけれど』
『フジキさんが言うなら大丈夫そうだし』
信頼しているからこそ出てくるその言葉に拒否の言葉が喉の奥で止まる。ここで自分が断れば折角のフジキとピカチュウ達の厚意を無碍にすることになる。
一週間と少しくらいの経験しかない自分。不安は多々あるがフジキにあれこれ聞きつつ何とかしよう。
「お世話をさせて頂きます」
深々と頭を下げると突然ずしっと頭に重力が掛った。まさかケーシィが来たのだろうかと思いつつ両手で頭の上にいる彼を支える。
しかしいつもと感触が違う。ケーシィはもう少し固い毛並みだ。今触っているのは柔らかいというかふかふかだ。
『おねえちゃんだぁれ?』
「?」
声も違う。訝しげに頭の上にいるものを目の前に持ってくるとそれは思いも寄らぬ存在であった。
「おやおや…どうやら呼ばれる前に出てきてしまったようだね」
困ったような笑みを浮かべているフジキの周りにも沙那と同じ生き物が散らばっていた。
『おかーさん。ぼくお腹すいたー』
『あーフジキさんだーあぞぼうよ!』
『なんかしらない人いる』
『きょうはヒサコさんいないねー』
『なんか別のひといるよ?おんなのひとだ』
ぴちゅぴちゅちゃーちゃー。擬音語で表現するならそういった表現だろうか。
いつの間にかピチューに囲まれていた自分達。先程頭の上にいたのもピチューだったようだ。
驚きのあまり無言で抱き上げているピチューを見上げているとじたじたと暴れ出したのでそっと地面に置く。すると一目散にピカチュウの影に隠れてこちらを伺う動作をした。
その様子を見た沙那の中で稲妻のような衝撃が駆け巡った。
「フジキさん」
「どうしたんだい?」
「ピチューは可愛いですね」
「あぁそうだね」
ぐっと両手を握り締めフジキに詰め寄る。
「私、一生懸命お世話しますっ」
一瞬沙那の勢いに押されたフジキはその言葉を聞くと嬉しそうに微笑みを浮かべた。
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