01


サバイバルに必要なものはまず水だ。無人島では最優先に飲料水を探す。次に食料だ。水だけでは栄養失調になり数日しか生き延びることは出来ない。
出来れば火を熾す道具やナイフ、水を貯める為の容器や食べ物をいれる容器も欲しいところだ。あとは食べられるか食べられない植物かを見極める図鑑なども欲しい。現在位置を特定する為にコンパスと地図も必要だ。安眠のために寝袋も。
これを持っていない人間が山に行くことは自殺行為だろう。野生の熊や猪に殺されること間違いなしだ。
最後に一番重要なのが素人が一人で山にサバイバルに行かないこと。必ず熟練の人共に行動しなければ生存率はかなり低くなる。

何処かのサバイバル特集のテレビ番組が言っていたことをつらつらと思い出し自分の現在の持ち物を確認する。
まず服装。パーカーにジーンズ。明らかに登山やサバイバル向きではない。靴は辛うじて運動靴を履いていたがこれでは何の防御にもならない。
鞄の中に入っているものと言えばチョコレート一袋とスナック菓子。飲み物はない。あとは数千円しかない財布と音楽機器にヘッドホンに何故か圏外な携帯電話だけだ。本日の買い物である世界美麗風景百選はただ重いだけで役には立たない。

買い物帰りであったので当然と言えば当然の持ち物の内容だがこの状況では笑っていられない。周囲は山で囲われている。町らしきものも見えない。

「…死んだな。」

どうしようもない状況に途方に暮れる。ただ道端に落ちていた百円玉を拾おうとしただけでアスファルトの道が草むらに変わったのだ。しかも周囲も硝子と鉄骨で出来たビルや家が消え、代わりに伸び伸びと育つ樹木になっていた。
最初こそ動揺して人を探す為に奔走した。しかし歩けども歩けども見えてくるのは沢山の緑と見たこともない人外の生物だけだった。

人外の生物…それは携帯出来る獣と言われる。格好をつけてポケットモンスターと呼ばれるそれらは人の手で作られたモンスターボールに好きな容姿の獣をほぼ強制的に捕まえ自分好みに育て上げていくという恐ろしく源氏物語的な話しだ。
最近では公式でも擬人化の話しが出てくるほど有名になってしまったそれは自分が小中学生の頃熱中していたロールプレイングゲームである。

「なんだっけ…ピカチュウとかそんなんだよね」

動物が自然現象を操ったり格闘技が出来たり強くなると進化したりと色々な常識を飛ばしてくれる世界。それがポケットモンスターなる世界だった筈だ。
何故自分がそんな世界に来てしまったのだろうか。動物が好きか嫌いか聞かれたら好きだと答えるがこれは別物だろう。
吐きたくもない溜息が出そうになる。ぼりぼりと頭を掻くと立ち上がって取り敢えず前に進んでみる。

「なんでかなぁ」

ただ百円玉を拾おうとしただけなのにこんな災難に合わなければならないのだろうか。ちょっとした欲がこんな事態になるなど誰が想像出来よう。不慮の事故にしても酷い事態だ。溜息の代わりに悄然と肩を落とした。

ざくざくと少々長い草を踏みしめる音だけが辺りに響く。風もない所為で木の葉の揺れる音すらしない。ポケモンも人間である自分に警戒しているのか先程から姿が見えない。

せめてポケモンと話せる能力が備わるなり登場人物が出てくるなりしてくれればどうにか出来るのだが現実はそうそう甘くない。自力でどうにかするしか生き延びる方法はないようだ。

「はぁ…」
「エイエイエパー!」
「町って本当に何処だろう」
「エイパー!」
「…それで君は何?」

一度無視して通り過ぎたのにもう一度目の前にきた紫色の猿であるエイパー。流石に二度も無視するのは気が引けて振り向くとひょこと何かをこちらに突き出す。

「ん?」

それは見た目からして毒々しい色をした黄金のリンゴだった。思わず顔が引き攣り伸ばし掛けた手が止まる。この恐ろしい果物は食らべれるのだろうか。

「あー…くれるの?」
「エイパー!」

どうやら人間の言葉が分かるらしいエイパムはこちらの言葉に大きく頷いた。

「ありがとう…」

躊躇いつつもそれを受け取るとエイパムは何か食べる仕草をしてみせた。どうやら今ここで食べろということらしい。正直言ってこれを食べたらこの世にいられなくなりそうな予感がするのだが目の前にはこれをくれた本人がいる。

「じゃ、じゃあ頂くね」

尋常じゃない冷や汗を流しながらも笑顔を向けるとエイパムも笑顔を向けてきた。この時人生で初めて動物の表情が分かった気がした。
恐怖に苛まれながら震える右手を口元に近付ける。どうか死にませんようにと願いを込めて小さく一口噛む。

「…あ。意外と美味しい…?」

何度か噛んで咀嚼すると予想した味とは異なった甘い苺の味がした。リンゴなのに何故苺の味がするのかは分からないが危険を及ぼすものではないようだ。

「ありがとうエイパム。そして疑ってごめんよ」

彼の厚意に疑念を向けてしまったことを謝るとエイパムは楽しげに笑い声を上げた。どうやら許してくれたようだ。それにほっとしていると突然頭上の木々が揺れた。

『見つけたわよ!』
『げっお母さんっ?』

現れたのは目の前にいるエイパムよりも大きなエイパムだった。その規格外な大きさに目を見開いて驚いていると大きなエイパムはリンゴをくれたエイパムを尻尾で器用に掴む。

『あんたって子は…あれ程人間には近づいちゃ駄目って言ったでしょうがっ』
『だ、だってこの人間道に迷っててお腹空いてるみたいだったから…』
『言い訳無用。ほら家に帰るわよ』
『ちょ、ちょっと待ってよ』

早口で捲し立てた母親エイパムは子供を引き攣れて慌ただしくその場から消えた。

「…何だったんだ?てか今エイパムの言葉分かってたんだけど……っ!?」

何故か言葉が理解出来るようになったことに首を傾げていると突然喉が焼けるような痛みに襲われた。

「っう……がっごふ…!」

一際強い激痛が喉を襲う。風邪をひいた時とは比べ物にならない痛みに眦に涙が滲むと衝動のまま何かを吐き出す。

「…げほっ…血?」

ひゅうひゅうという喘鳴だけが自分の耳に響く。生まれて初めて吐血をしたという事実にただ目を丸くすると喉を押さえてその場に崩れるように蹲る。
やはり先程のリンゴが体に合わなかったのだろうかと思いながら焼けるような痛みに耐え続けた。

痛みが和らぐ頃にはすっかり体に力が入らなくなっていた。四肢は情けなくも震えて立ち上げる気力起こらない。このままでは野生ポケモンに襲われて彼らの胃を満たす体のいい餌になってしまう。
しかし立ち上がるのも面倒に感じている今は態々歩くのも面倒だった。無気力なまま掌についた赤い液体を見つめると瞼を閉じる。

「(…よし。もう寝よう。どうせご飯もないし明日考えればいいか)」

何ともいい加減な思いで意識を手放すと静かに寝息を立て始めた。空は既に星が出ている。


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