嗚呼、なんで……なんでいつもこうなるんだろう。
そんな事を考えながら、しかしどうすることも出来ない己の非力さを呪い涙を堪え、タカオはがっくりと肩を落とすのだった…
空には雲もなく抜けるような青空が広がっていた。気温も丁度良く風も心地よく吹いている。
まさに『いい天気』という形容詞がピッタリな日…だと言うのに、いつもの如くこの人物の家は騒がしいようだ。
「おい、いい加減俺のタカオからその汚い手を離せ」
「は?いつからコイツがお前のモノになったんだ?そっちこそ手ェ離せよ」
今現在、木ノ宮タカオは酷く面倒なことに巻き込まれている。
何の因果か、まったくの偶然というタイミングでタカオの家にレイとボリスが居合わせて、その瞬間から二人とも喧嘩腰で火花を散らし始めたのだ。
タカオとしては一人でゆっくりしたかったのだが、こうなっては放っておく訳にもいかない。
寧ろ放っておいて欲しいのは自分の方なのだが、何故だか彼の周りに存在する人物は皆タカオを構い倒したくて仕方がないらしい。
三日ほど前にもマイケルとジョニーが訪れ、今と同じような状況になってしまったのだ。
二人とも無駄にプライドが高い所為でまったく折れる様子を見せず、その時は持ち前の毒舌でジョニーが勝利した筈だ。
マイケルの落ち込み具合は凄まじいものだったが、何を言われていたのかタカオは知らない為に慰めようもなく、少しでも静かになったことを悪いと思いつつ安堵したのもまぁ当然と言えよう。
そんな風に現実逃避している間にもボリスの手がタカオの肩に回されるものだから、尚更レイの怒りを増幅させることになり、このままでは殴り合いにでも発展しそうで随分と心臓に悪い。
二人とも、一応此処は他人の家だと分かっているのだろうか?物を壊しでもしたら、本気で怒らざるを得ないのだが…
「とにかくタカオをこっちに渡せ!!」
いい加減痺れを切らしたらしいレイが右側からタカオの腕を掴み自分の方へと引き寄せた。
「誰が渡すか!」
それに負けじと、ボリスもまた肩から外れた手をもう一度タカオの腕に絡め、離れた分を引き戻そうとする。
只でさえ力の強い二人が今は激昂の所為で更に無遠慮になっているのだ、左右から力任せに引っ張られては堪ったものではない。
「いでででで、お前等いい加減にしろよ…ッ!!」
先に音を上げたのは当然ながらタカオだ。それでもそんな悲痛な声は耳に入ってすらいないのだろうか、タカオを間に挟んだまま二人はとうとう本気で喧嘩を始めてしまった。
(勘弁してくれ……!)
殴り合わないだけマシなのかもしれないが、その雰囲気に呑まれて泣きそうに顔を歪める。
ぎゃあぎゃあと、よくもまぁそんなに出てくるものだと逆に感心すらしてしまう程二人は思い付くだけの罵詈雑言を互いに浴びせている。
そんな不毛なやり取りが約半時程交わされ、その間にも掴んだ腕は離すまいと―‐寧ろ最初よりもずっと痛いくらいに掴まれているから、何故自分がこんな目に合わなければいけないのか、その理不尽さにタカオもそろそろ限界がきていた。
「上等だ、そこまで言うならベイバトルで決着を着けるしかないな!」
「いいぜ?なら木ノ宮は勝った奴が貰うってことだな?!」
その言葉にプツリ…と、とうとう意識の隅で何かがキレる音をタカオは聞いた。
「うるせェーーッ!!」
「「!?」」
今まで我慢に我慢を重ね耐えてきた堪忍袋の緒が切れたらしい。
それ迄黙って俯いていたタカオがいきなり大声を出したものだから、二人共目を見開いて動きを止めてしまった。
「いつもいつもいつも……!!みんなオレん家来りゃ馬鹿みたいに騒ぎやがって……」
一度キレてしまうと、今迄蓄積されたものもあってかタカオの勢いは止まらない。
日頃のストレスも発散させてしまおうと言うのか、その叫びは邸内一杯に谺した。
「大体オレのことを物みたいに言うな!オレは誰の物でもない、オレの物だッ!!」
眼前の二人にキツい視線を向けながらズバリ宣言すると幾何か落ち着いてきたようで、荒い息に肩を上下させながらもその顔はスッキリと晴れやかだ。
勢いに呑まれ固まっていたボリスとレイも、此処で漸く口を開いた。
「あ、あの…タカオ…オレ達が悪かったから少し落ち着いてくれ」
「そうそう、それに俺等はお前をモノだなんて思ったこと一度も無いぜ…?」
触らぬ神に何とやら。
刺激してしまわないようにかなり慎重に言葉を選びながらタカオを宥めようと必死になっている。
しかしそんな二人を意に介することなく、タカオは止めの言葉を放った。
「…オレさ、喧嘩するような奴等大っ嫌いなんだ。だから帰ってくれ」
其処に勿論二人の意思や選択肢などは無かった。
微笑みながらも目の笑っていないタカオの様子は、有無を言わさず帰れと断言しているようなものだ。
「なっ!?待ってくれタカオ、修業の合間を縫ってやっと久しぶりに会えたんだぞ?」
「そうだぜ木ノ宮!俺なんかまたすぐロシアに帰んなきゃいけねぇのに…」
悪足掻きに反論を試みるも、お前等の都合なんか関係ないとばかりに二人の背中をグイグイ押して問答無用で外に放っぽり出した。
ちゃんと靴を投げ渡してやるのは最低限の優しさだ。
「バイバイ」
満面の笑みで手を振りながらそう言うと、タカオは力任せに重い木戸を閉めた。
外では二人がまだ何か喚いているようだが、一切無視を決め込み閂を掛けると部屋の奥へと姿を消す。
…大分冷静になると、まぬけな顔をして呆然と自分を見ていた二人を思い出す。
少し強引だっただろうか?とは思ったが、実質ボリスとレイが悪いのだからこれくらいは許されよう。
今度は誰が来るのだろうか……
憂鬱な気持ちに、明日もし誰かが訪れても家には入れないようにしようと固く心に誓い、何だか嫌気がさして知らず溜め息が漏れた。
騒がしくて賑やかで、偶にムカつくこともあるけれど…実はこんな日常も思っているより幸せなのではないかと。
そんな風に思ってしまう自分に対しても、タカオはまた一つ嘆息したのだった。
了.