「いい子にしてろよ…?」

 慰み程度の額への接吻け。


 タカオの手が自分の肩口を強く掴んだのを確認して、ボリスは深く腰を沈めた。


「あ゙ァ……ッッ!」


 急な圧迫感にタカオが咽び泣く。
 実際に相当負担がかかっているのだろう。意識は朦朧として目線は焦点を結ばず、しきりに宙を彷徨っている。

 短く不自然に零れる吐息に心配になるが、自分も其処まで構っていられない程に追い詰められていた。


 内側のキツさに息を詰めながら、繋がった部分が切れていないのに安堵して。

 ボリスはゆっくりと律動を始める。

「ひ、ぁ……」


 ヒクと喉が震えた様をリアルに真上から見下ろして。ぱさぱさ、とシーツに藍色の髪が広がるのを綺麗だ…なんて。

 繋がったことに対する幸福に、まるで熱に浮かされたような心持ちで眺めていた。


 ギリギリと無茶苦茶にシャツが引っ張られる。実際、この背に腕を回させたのは自分だ。ボリスの服を握り締めるこの小さな手は、唯反動で咄嗟に掴んだだけなのだし縋るものが欲しかっただけなのかもしれない。
 だからこれは自分の勝手な解釈に過ぎないのだろう。
 でもそれでも、殴るなり蹴るなり本気で抵抗すれば逃げ出す事くらいは出来る筈だ。

 突き放そうとも拒絶しようともせず、寧ろ受けとめるように縋り付いてくるこの手に、この時ボリスはどうしようもない程の幸福を感じていた。


「木ノ、宮……木ノみ…ッッ!!」


 動きに合わせて声が断片的に途切れる。
 額から流れる汗がパタパタとタカオの頬に落ちた。

 水滴に潤んだ藍が 一瞬躊躇うように歪んで。

「泣く、な よ、バカ…」


 背中にあった手が震えながら、恐る恐るといった体で移動して頬をなぞった。
 汗と涙に濡れた顔が、まるでボリスを安心させようとするように微笑む。


 その時になって初めて、ボリスは己が泣いているのに気付いた。
 先程から止まることなく流れ落ちる熱い雫の正体が、汗ではなく涙だという事実に茫然とタカオの顔を見返す。


 まるで小さい子供のようなその表情に、タカオは困ったように苦笑って。しがみ付くような強さでボリスを抱き締めてやった。


「馬鹿だなぁ…」

 笑って、あやすようにぽんぽんと頭を撫でる。
 離れることのないようにとボリスの顔の横に頬をピタリと寄せて、くすくすとひどく優しく笑う振動が、直に身体を通してボリスにも伝わった。


 それはどうしようもない安堵と心地よさを伴って。

「馬鹿だよお前。俺が、このくらいで傷ついたりお前を嫌いになる訳ないだろ?だってもう、ずっとずっとボリスの事が好きだったんだ」

「俺はそんなに弱くねえよ。こんなことで、壊れたりなんかしないから」

だから、大丈夫と
 全てを包み込んでしまえるその強さが。愛しい なんて。そんな陳腐な言葉じゃ言い表わせないくらい。

痛くて
痛くて

切なくて


「苦しい…」


 呟いて、目蓋を伏せれば重力に逆らうことなく涙は落ちていった。

 額同士がコツリと合わせられる軽い衝撃に目線を上げれば「ん、俺も」と泣きそうに笑うタカオがいて。

 絡まった視線は唯々穏やかで、深い深い海の底を湛える青色だった。


苦しい
死んでしまいそうな程


好きすぎて切ない



「涙が止まらない……」

「我慢しなくていいって。そんな風に自分のこと押さえ込んで、壊れちまうまで無理することない」


 想いが伝わって、交ざり合うからこんなにも切ないの。



―嗚呼、確かにお前の言う通りなんだろう


 何時の間にか お前の藍に捉われて、逃げる気すら失せる程その深みに填まってしまった。

 お前の深い色合いの眸は、全てを受け止める母なる海に似ている。


 もう後戻り出来ないんだ。

 愛しい。

 胃の少し上辺りがギュッと締め付けられるような感覚。

 どう仕様もない程、幸せ。



 いっそのこと


 この身も心も、俺という人物を形作っている全てを、奥底まで侵食して喰らい尽くしてくれればいい。

 こんなにも狂おしい程、誰かと繋がりたいと思ったのは初めてなんだ。


 染めて 染められて。

 願わくばお前の海に抱かれたまま眠りたい。



 なぁ、だから少しの我儘を聞いてくれ。

 死ぬまでなんて言わない、永遠なんか信じちゃいない。それでも出来るだけ永くその目に俺を映し出していて欲しい。

 そうして


お前に捉われる愚か者がどうか俺だけであるように――



fin.





ボリスの初恋。
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