カーテンの隙間から覗く空は生憎の曇天だった。厚く重い雲が日の光を遮り、折角の休日だと言うのにスッキリとしない目覚めだ。

 未だ夢の中にいるくせに無意識に此方を捕まえようとしてくる左手から逃げ出し、涼は洗面所へと足を運んだ。
 顔を洗えば幾分か意識は冴えるものの、完全に覚醒するには至らない。ぼんやりとしたままコップに刺さった歯ブラシを手に取ると歯みがき粉を絞り出し口に入れた。


 シャコシャコシャコ…歯を磨く小さな音だけが聞こえる空間で、暫く半眼で鏡に映る己と睨めっこしながらブラシを動かしていたが、ふと手元へと落ちた視線にある事実が判明し動きを止める。

 右手にしっかり握られている小さな歯ブラシ。それは何時も自分が使うなんの変哲もない白い物ではなく、彼の名を象徴するような真っ赤な色をしていた。

 途端、カァッと顔に朱が昇る。有り得ない、寝ぼけていたとは言え何故あんな派手な色と間違ってしまったのだろう。と言うか衛生面的にも色々とマズイ気がする。

 兎に角その持ち主が起き出す前に口を濯いでしまおうと蛇口を捻る直前で、後ろから伸びてきた腕に腰を抱かれて大袈裟なくらいに肩が跳ねてしまった。

「昨夜あんなにしたと言うのに…まだ足りなかったか?

 そのからかいが含まれた声色にゲッホゲッホと噎せて、含んでいた泡を排水溝に吐き出した。濡れた口を拭いながら勢いよく振り向けば、ニヤニヤと下衆た笑みを見せる相手に更に頬の朱が色濃くなる。

「ば、ば、馬鹿言うな!これはただ単に間違えただけで、そんなつもりじゃあ…」


 現にこの歯ブラシだって買い直すつもりだったんだからな!と勢いのままに告げれば、レッドはそれまで面白そうに歪めていた口端を真一文字に結び、ふと真面目な表情を作った。
 その急な変化に涼も不穏な空気を感じたのか一瞬身を強張らせる。そんな少年の隙をついてレッドは無理矢理に涼の顎を捉えると噛みつくようなキスをした。

「〜〜〜ンンんーッッ?!」

 突然の行為に身を捩り激しく抵抗する。しかし反射的に振り上げた手は押さえ付けられ、横向きに抱えられているため蹴ることも儘ならない。

 暴れまくる子供を五月蝿いとでも言うようにレッドは舌まで差し入れようとしてきたが、涼だってそれを許容する訳にはいかないのだ。


 だって、だって自分はまだ口を濯いですらいないのに―!!


 ギリギリと歯を食い縛って堪えるが相手も執拗なくらい唇に吸いついて開口を促してくる。
 頬肉に食い込んだ指に無理矢理顎を抉じ開けられ、とうとう隙間から少し長めの舌が入り込んできた。

 瞬間、驚愕に思わずガリ、と噛んでしまった舌が怯んだように抜け出ていく。
 荒く息を吐き睨んでくる涼を気にすることなくペロリと舌を出すと、悪びれた風もなくレッドは笑った。

「ミント味だな」

 それを聞いた瞬間、涼の中で何かが弾ける。
 羞恥に赤らんだ顔に目には涙を貯めたまま、強い怒りの所為で言葉を発することも出来ず大きく腕を振りかぶると…


バチーーーーンッッ!!


 耳を疑う程の派手な打音。衝撃に思わず蹲った男の横を通りすぎると、涼は足音も荒く部屋を出ていき、とうとうその日帰ってくる事は無かった。



 涼と入れ違い様に遊びに来たバイオレットに「あら、男前になったわね」と笑われ、情けないやら釈然としないやらで何とも言えない気持ちになったが、その原因を考えれば自業自得としか言いようがないのでレッドは黙りを決め込むのだった。



.end.


宅のレッドさんが馬鹿ですいません





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