18時 ナックルスタジアム




「ウェル!オマエ今どこだ!」
「ナックル丘陵まで来てる、ナックルスタジアム…?いやエネルギープラントか。そこのガラル粒子濃度が異常に高くてこっちまで影響が出そう!」
「スタジアムまで来れるか?」
「…オッケー、上から入る!」
「頼む」
 ぷつ、と通話を終了したスマホロトムは即座に別の画面を映し出した。ナックルスタジアムと宝物庫各所の監視カメラ。まだ避難は完了していない。歴史的価値のある建造物でもあるため試合を行わない日も開放していたのが仇となったか。ガラル粒子を浴びてキョダイマックスしたダストダスを見上げてふう、と息を吐いた。研究によればあれは虚像で、ただ「大きく見えているだけ」と言うが、それならばこの圧迫感は何だ。このキバナが、どうして暑くもないのに汗を伝わせている。ダイマックスバトルなんか何度も経験しているのに、たった一人で立ち向かうのはこんなにも頼りないものだったか。仲間がいる。全員フィールドに出している。オレさまの相棒たちで勝てないわけがない。そんなことわかっているのにどうしようもないから、彼女に呼びかけた。どこのジムリーダーも各地で起こりつつある異変に対処している。ジムトレーナーたちは客の避難をしている。強力な戦力になると言えどジムチャレンジャーに頼るわけにもいかない。結局、彼女がいれば百人力だと呼びつけた。十歳の頃ワイルドエリアで二人でダイマックスポケモンを倒していたのと全く同じ。きっと彼女のことだからこちらの異変は感じ取っているはず。ガラル粒子の異常な数値も、こちらの状態も。
 不測の事態に対応できず何が最強のジムリーダーだ。ナックルスタジアム地下のエネルギープラントから漏れ出した大量のガラル粒子は各地のスタジアムと連動し、ダイマックス騒ぎを起こしている。ローズさんが何かをしたのは確かだが、それ以外は何もわからない。彼が何をしたのかも、彼の目的も、どうしてこうなっているのかも。今年のファイナルトーナメントでダンデと戦う前にチャレンジャーに敗北した事実を飲み込む時間すら与えてくれない現実にくらりと目眩がする心地だ。もういっそ全てが夢だと言ってくれ、とまで思う。
 まだ避難が完了していない以上、下手に手出しはできない。被害が建物やスタジアム周囲に及ばないよう、牽制のための攻撃がせいぜいだ。幸い、ダストダスはもともとそこまで機動力のあるポケモンではない。その分一撃一撃は重いが、受け流す分には問題無いし、フライゴンの身のこなしであれば翻弄することもそう難しいことではなかった。倒すとなると苦戦するのは必至だろうが。なにせあのローズさんの秘書の相棒、一筋縄ではいかない。
「っは…理想が叶うのが、こんな異常事態とはな!」
 十年近く前に捨てた理想を記憶の底からサルベージする。この石造りのスタジアムで、彼女と共に強敵と相対する。叶えられなかったと諦めたのに、どうしてこんなときになって。そんなの、この異常事態を嬉しく思ってしまうではないか!
[リョウタ様より通信…「スタジアム及び宝物庫の避難完了です!スタジアム外への影響が無いか調査を行います!スタジアムをお願いします!」…通信終了]
「キバナー!このダストダス倒せばいいのー?」
「ナイスタイミング!」
 ジムトレーナーからの避難報告完了とともに上空からドラパルトの背に乗ってふわりと降りてきたウェルは、ぐるりとダストダスの虚像の周りをぐるりと旋回してからこちらの隣へと立った。
「ガラル粒子濃度が高すぎる、これダイマックスすると制御不能になるかも」
「やはりか」
 ウェルの顔の前を浮いているタブレットロトムが映し出しているのは粒子濃度の計測画面。赤く点滅する表示はどう考えても危険信号だ。
「戦闘不能にする。エネルギープラントが原因らしいし地面揺らす技は無し」
「余裕」
 こちらをちらりともせずダストダスを見据えて、ウェルはそう言った。最低限で通じる仲というのは兎にも角にも気分が良い。
「トリトドン!ボスゴドラ!」
「行けるか、サダイジャ!」
 繰り出したポケモンは四体。これでマックスレイドバトルと頭数は同じ。
「フライゴン、ワイドブレイカー!サダイジャ、だいちのちから!」
「トリトドン、マッドショット!ボスゴドラ、だいちのちから!」
 短期決戦こそ最善策。それは彼女にも当然わかっている。ダストダスに有効な技を畳み掛けるのが一番わかりやすく最速の解決方法。キョダイマックスダストダスで最も恐れるべきはダストダスにしか使えないキョダイシュウキ。オリーヴの手持ちならば元になる技はダストシュート。短期決戦が全てと言えど体力の増したキョダイマックス状態のポケモンに対してはそれでも時間がかかる。攻撃力を下げておくのも保険としてアリだ。
 サダイジャの攻撃にダストダスがバリアを展開する。赤く透き通って綺麗なのに、厄介なことこの上ない。一応バリア越しにもダメージは通るがかなりカットされてしまうのが痛か。それでもあのバリアは攻撃を数当てていけばいつかは壊せるし、随分と体力を消費するようで防御も特防も下がるのだ。多層展開されたバリアを二枚、トリトドンとボスゴドラが破ったところでダストダスが攻撃に出る。
「っボスゴドラ、サダイジャの前へ!」
「フライゴン、トリトドンの近くから上空へ!風を起こしてトリトドンにガスを吸わせるな!」
 案の定繰り出したキョダイシュウキ、狙われたのは最もダメージを与えたサダイジャ。ボスゴドラが技を変わりに受けることで無効化する。キョダイシュウキの副次効果である全体への毒状態付与は技の際に発生するガスによるものだ。吸わなければ問題ない…というのは些か脳筋戦法だが。トリトドンは動きが遅く身体も重い。フライゴンによって上空へ持ち上げるのは不可能だし、ボスゴドラの後ろへ移動するのも難しい。成功するかはイチかバチか、毒状態にならなければ儲けだとそう指示を出した。
「助かる」
 どちらともなく短く言った言葉に気を取られている暇はない。
「トリトドン、あまごい!」
「残りの奴らはさっきと同じ攻撃!」 
 周囲に満ちた毒ガスを洗い流すのだろう。おそらくキョダイシュウキを無効化されるとわかったダストダスは別タイプの攻撃を仕掛けるはずだ。そうなればサダイジャの特性、すなはきが発動しこのスタジアムの天気は雨のち砂嵐だ。ザアア、とスタジアム上空を覆う分厚い雨雲は大粒の雨を吐き出している。視界不良好の中、ダストダスを取り巻くガラル粒子の光だけが怪しくぼやけていた。水しぶきを上げながら果敢に巨体へ挑んでいくポケモンたちに、額を拭うのも忘れる。隣を見ればやはりウェルも同じようにパーカーがずぶ濡れになって腕へ張り付いているのを気にする暇もないらしい。
 こちらの攻撃にダストダスはぐう、とうめき声を上げた。バリアが全て砕けている。よろめいてみせるが、未だ先は長い。攻撃の勢いを増したダストダスを相手にしてどこまで立ち回れるかは不明だが、ここは相棒たちを信じるしか無い。ええい弱気になってどうするキバナ。ここで倒さなければ、どこまで被害が拡大するか知れたものじゃない。
「サダイジャ、オマエなら耐えられる!」
 ダイマックスしたポケモンは攻撃の予備動作が大きい。出してくる技を見極めることはそれほど難しいことではない。次に繰り出すのはおそらくダイアース。ボスゴドラにはこうかはばつぐんだが、フライゴンであれば無効化できる。しかしフィールドに出ているポケモンを考えると耐久のあるサダイジャに攻撃を受けてもらい砂嵐を起こすのも悪くない。このキバナのサダイジャはヤワではない。それを見越してウェルの方もボスゴドラを退避させている。
「っ…」
 サダイジャの起こした砂嵐に、ウェルは額に腕を翳す。先程の雨よりも悪い視界、いくらワイルドエリアで過ごすことが多いからと砂嵐の中でも真っ当に判断できるようにはならないはずだ。もうこうなれば相棒とは声と感じ取れる気配でやりとりをするしかないが、ウェルはそれができないほど弱いトレーナーでもない。
「トリトドン、マッドショット!ボスゴドラは毒タイプの技が来たら合図するから狙われた子をかばって!」
「フライゴンは地面技を引きつけろ!」
 ウェルとオレさまがツーカーなように、当然手持ちのポケモンとオレさまだって通じあえている。くぐり抜けてきたバトルの数は数えるのが馬鹿らしいくらいの回数だ。こちらが特段の指示をしない限りは同じ攻撃を繰り返すことも理解している。
 ばきん!砂煙の向こうで展開されたバリアを片っ端から砕いていく音がする。勝機が見えた。真横にいる彼女の姿すら曖昧になる荒れ模様。それでも、天候を操るドラゴンストームの名は伊達じゃない。彼女も勝利を確信したらしいことは砂粒越しに表情から読み取れる。いや、彼女のことなんかいつだって理解できていたか。
ああ、楽しい、楽しい!楽しくて仕方がない!血が滾るほどのバトルなんかいくつも経験してきたし、毎年のダンデとのバトルが最たるものだ。そんな中でもう十年ぶりに体感している彼女とのタッグバトルは、全身の毛が逆立つほどに心臓が高鳴っている。やはりウェルはこのキバナの半身に等しい存在だ。彼女のいないバトルも楽しいが、彼女とともに臨むバトルは全てが満たされている。水中を戦いの舞台にするミロカロスのようだ。陸上でも強いが、真価を発揮するのは水を得たとき。彼女という水があることで、自由に泳ぎ回ることができる快楽も、心強さも、身体の隅から隅までを覆う満足感も。その全てを取り戻したのだ。
 砂塵に霞む彼女の輪郭に、かつての/思い描いた彼女の幻覚を見る。まだジムチャレンジをしていた頃の、灰色の髪を短く整えた彼女の姿を。そしてありえたかもしれない/ありえなかった、揃いのユニフォームに身を包んで並び立つ姿を。
 ぐわん、と大気が歪む。爆発音に近いその音は、ダストダスを打ち破った鬨の声だ。
 すっかり高さの違ってしまった腕をぐ、と押し付けて、静かに、勝利の余韻に浸る。勝利なんか珍しくないのに、彼女との勝利は何にも代えがたい充足感があった。モンスターボールにポケモンたちを戻せば砂嵐はじきに晴れる。未だ不安定な粒子濃度に気を抜くことは出来ないが、彼女との束の間を味わっても誰も咎めやしないだろう。
「最高」
 重なった声に笑いを零した。非常事態を楽しんでしまったのは彼女も同じ。昔こっそりと大人に禁止されていたワイルドエリアへ初めて遊びに行ったときの笑顔と同じだった。共犯者であり片割れである彼女との夢はこれで終わり。騒動が落ち着けば、後日譚として彼女の元を訪れるとしよう。

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