午後一時十分のしあわせいろ



 ぱたぱたぱた、とスリッパの軽い音がする。未来視するまでもなく見える少女の慌てた姿にかたん、と前の席の椅子を下げておく。
「遅くなりましたカタクリ様ぁっ!!」
 空き教室。昼休みのざわめきから少しだけ隔離されて寂れた甘い空気の漂うそこは、時折彼女とともに僅かばかりの時を過ごす場所だった。
「すっすみませんすぐ来ようと思ったんですけどっ黒板消して先生の忘れ物職員室まで届けに行ったら迷子の初等部の子がいたので案内して…あっ途中の売店でドーナツ見つけたので買ってきました!」
 すべてを説明したせいで嘘くさくなってしまった言い訳に徐々に泣きそうな顔になりながら、それでも許してもらおうとラブレターを渡す女子生徒のように可愛らしいパッケージに入ったドーナツを差し出した少女。ありがとう、と労ってシンプルな布にくるまれた箱をことんと置いた。文庫本のようなサイズのそれは少女の弁当箱。今朝委員会があるからと急いで出ていったものの、案の定忘れて行ってしまったものだった。
「ほ、本当すみません…あっカタクリ様はもうごはん食べられました?」
 いただきます、と手を合わせながら言う少女にああ、と返す。そもそも、メリエンダ以外の食事にはあまり時を割かない。例えば彼女が今から弁当箱の蓋を開けて卵焼きに箸をつけるまでの間に食事は終わっているのだ。
「おいし……」
 頬にご飯粒をつけて、幸せそうな顔で少女はそう漏らす。幸の薄さを象徴するような痛々しい眼帯も顔を隠すように伸ばした自信なさげな透き通る白い髪も、その幸せそうな表情と声には敵わなかった。まるで小動物だ、と思う。
「幸せそうだな、お前は」
「んむ、美味しいものは幸せですから!あっでも今カタクリ様も幸せそうですよぅ」
 にへへぇ、と蕩けるように笑う彼女にたまらずふい、と目を逸らした。可愛い、と溢れそうになった言葉を堰き止めるには無表情ではいられない。幸い彼女は食事に夢中だったが。

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