ここで漸くスタートライン



「あの、これがアマンド様からでっ、こっちがスナック様からです」
 ワラビはそう言って小包を机へ置いた。小包と言っても少女からすれば両手で抱えなければならないほどの紙袋が二つ。何度道中転びそうになったことか。
「有難う」
「すぐ召し上がらる、れ…?…めっ召し上がられ?ますか?」
「ああ」
 ナッツを頼む、とカタクリが言えばわかりました、と回らなかった舌を恥ずかしがるように彼女はぱたぱたと戸棚へ走り木製の器を持ってきた。そこへざらら、と紙袋の中身を入れる。アーモンド、ピーナッツ、ピスタチオにクルミ、ジャイアントコーン、かぼちゃの種、それらがミックスされたローストナッツは、香ばしい香りがして、じゅわりと少女の口に唾液が溜まる。
「い、一応、毒味をしますね」
 カタクリは未来が見える。仮に毒が入っていたとしてもよほどの遅効性でない限りわかってしまうのだが、いつも彼は少女に毒味を任せていた。ワラビの能力を訓練していたためである。分解して、原料ごとにして、また元に戻す。今ではすっかりできるようになったが、それでも習慣としてずっとやらせていたのだ。何せ少女が自信ありげに「毒じゃないです!」というのが可愛らしかったので。
 ランダムに掬ったナッツをつん、と少女が白い指で突けば次の瞬間には煎る前の状態のそれと、僅かな塩に分解される。
「毒じゃない、ですっ!」
 原料がその二つであることを確認してからもう一度突いて元に戻し、ふんす、と嬉しそうに少女は言った。今でこそ事も無げにやってみせるが、最初の頃は加減が難しかったようで全く変化しなかったり、逆に分解しすぎて存在を消してしまったり、元に戻せなかったりとかなり苦労したのである。
 ぽんぽん、とカタクリが少女の頭を撫でればワラビはにへへ、と心底嬉しそうな笑みを漏らした。
「そういえばカタクリ様は、お酒、飲みませんね」
 そうして毒がないことがわかったナッツを、少女はこきゅ、と音を立てて食べる。彼らの生活と嗜好品であるお菓子は切っても切り離せない。だから日に一度は必ずこうやってお菓子を共に摘んでいた。とは言ってもカタクリがものを食べるところは早すぎて少女には全くわからなかったが。
「いざというとき酔い潰れていてはな」
 カタクリは、誰から見ても完璧である。その強さはきょうだいの中で一番だし、いつだって隙を見せることはなかった。彼の言うことも真っ当である。
「ワラビ。お前は飲んでみたいか?」
 十八になるワラビはまだ未成年であるが、それでも舐めるくらいはさせても良いかもしれないとカタクリは思った。そもそも彼は海賊であるし、少女もまたその一員ということになっている。慣れさせておくのも悪くないだろう。ズコットに頼んで度数の低い果実酒でも取り寄せるか、と画策する。
「ど、どうでしょう…っでもあの、昔、お酒は作ってて」
「お前がか」
「うーん、少し違うんですけど、その。口噛み酒、ってあって。かみさまの私がお米を噛んで、それからお酒を作るんです」
 結局飲んだことはなかったんですけど、と付け加えた少女に彼は、ああ、彼女は最近やっと人間になったんだった、と思い出した。少女に名前をつけたあの日まで、少女は神様だったのだ。
「…ズコットのところへ行くか」
「…い、今からですかっ!?」
 立ち上がったカタクリに驚きながらあわわ、とワラビはメイド服の裾をひらめかせて後を追いかける。カタクリは決して思いつきで動く男ではないが、それでも少女に、人間らしいことをさせたかった。彼女はまだ若いとは言え十数年を既に何も知らないままで過ごしている。それを少しでも取り戻して、少女を歳相応のスタートラインに立たせてやりたかったのだ。まあ、少女が初めてのものへ示す反応は大変かわいらしいものだから、なんて動機もほんの少しだけあったのだが。

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