てのひらの上のクー・ドィ・フードゥル



「か、カタクリ様、その。え、と、予備の眼帯、をいただきたい、です」
 これ一枚だとちょっとだけ不安で、と少女は続けた。身の丈五メートルを超えるカタクリと一般的な女子の体格をしているワラビとでは目を合わせて会話をするにも一苦労なもので、いつも大事な話をするときは椅子に腰掛けた彼が少女を抱えて腿に座らせるのが常になっていた。けれども、カタクリの大きい身体、腹を震わせる声、読めない表情。お願いをする少女は彼の側仕えになってもうすぐ一年になろうかというのに、未だ彼から声をかけられる度にびくりと身体を震わせた。少女の能力はものを分解するものであるが、カタクリに驚いて自らを分解してスライムやクリームのように蕩けてしまわなくなったのもやっと半年過ぎた頃だった。
「わかった。今晩でも大丈夫か」
「は、はいっ、ありがとうございます、ええと…あの、サイズなんですけど」
「待て」
 見本となるサイズがあった方がいいだろう、と自分の今つけている眼帯を外そうとした少女をカタクリは止めた。彼にはごく近くに限られるものの未来を視ることができる。つまり、ワラビが常々隠している眼帯の下が顕になる未来を見たのだ。別に少女本人の口から見られたくない、などと聞いたわけではないが、それでも隠しているということは見られたくないということだ。
「そのまま外すと、眼帯の下がおれにも見えてしまうが」 
「っ!お、お気遣い、ありがとうございます…っ」
 はわわ、と口元を覆って申し訳無さそうにした後、少し考えてから真下を向いて眼帯を外しポケットから出したハンカチで眼帯を包んで渡した。前髪は右手で押さえて、うっかりはらりと見えることがないようにしているのだった。
「あっいえその…見られて嫌じゃない、んですけど…あんまり見て気持ち良いものではっ、ないので」
 やはり見られたくないものだったか、と見下ろすカタクリの視線にワラビは慌てて言った。
「右目、なくって…あと、そのまわり、やけどになってて…」
「…おれは気にしないから、もし無理につけているのなら外したって良い」
 カタクリのその言葉にワラビはきょとんとする。彼女の自分への評価は、他から観測されたものに拠る。気味が悪いと言われればじゃあ隠すべきなんだろう、と受け入れるし、綺麗だと言われればそういうものか、と他人事に思うだけだ。
「じゃ、じゃあっえと…カタクリ様とふたりのときは、そうさし、さ、せ…そうさせていただきますっ」
 ずっとそうしてきたとはいえ、眼帯を付けていては蒸れるし不快感を感じることもある。ワラビはぜひともそうしたい!と握り拳を作ってアピールすれば、前髪の隙間から瞼を閉じた右目が覗いた。

***

「受け取ってくれ」
 いつもどおり抱き上げて膝に乗せたワラビにカタクリは、まるで婚約指輪でも渡すかのような恭しさでもって小箱を渡した。小さく白いそれは淡い赤色の細いリボンが巻かれており可愛らしくまとめられている。
「っ!め、目?」
 開けるように促されそろりとリボンを解いて蓋を開けた少女はその中身に驚いて一瞬だけ輪郭をあやふやにした。箱に収められていたのは義眼。精密なカットが施された硝子で作られた赤い瞳を閉じ込めてあるそれは、箱の中にあってもなおきらきらと輝いている。まるで宝石みたいだ、とワラビは思った。
「きれい…」
「火傷の方はどうしようもないが…何も無いよりは良いだろう。気に食わないなら捨てていい」
「そっそんなことないですっ!あ、あの、つけても、いいですか?」
 自分にはもったいないくらいで、とあせあせと付け加えてからワラビは眼帯を外す。いつも顔の半分を覆っているふわりとした前髪は、カタクリが親指で横へ押さえつけている。そうして小箱に同梱されていた小さな説明書きを読みながら、ワラビはおそるおそる、義眼を装着した。今まで空ろだったところに異物が嵌る違和感は少しあるものの、欠損していた部分を補うものである、身体に馴染まないわけはない。ぱちぱちと数度瞬きをして、少女はカタクリを見上げた。
「ど、どうでしょうか……」
 眉根を下げてそう聞くワラビを、可愛らしい、と彼は思った。色素の薄い透き通るような肌はおかげで赤く色づき、まるでそのように彩色された人形だ。与えた義眼は人間の眼球に似せたものではなく装飾品の様相を呈しておりちかりちかりと輝く様は人外の魅力さえ宿していて、今この瞬間に彼女がただの少女から妖精へと変化を遂げたようだった。
「あ、あのう…」
 決して義眼だけが目立っているわけではなかった。少女の人形然とした姿は、決して通常の人体のものでない右目もその周囲の火傷の痕も含めて、それで完成されていた。そのまま、古びて甘い空気のドールショップに腰掛けていたとて何の違和感もないだろう。
「似合っているぞ」
 不安げなワラビにカタクリがそう小さく笑いを漏らしながら愛おしそうに言えば、少女はひゃん、と大袈裟に照れて長い髪を生クリームのように蕩けさせた。
「いつも両目を見せろとは言わん、好きに使ってくれ」
 少女の前髪を留めていた指を離せばはらりと定位置に戻った右側の髪は、件の瞳を御簾の向こうに閉じ込めてしまった。隙間から赤がちらりと光る。
「あ、ありがとうございますっ!」
 えへへ、とへにゃり笑う少女にカタクリは咳払いをひとつ。誤魔化すように少女のボリュームのある白髪をくしゃりと撫でたのだった。

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