羨望フラグメント



 小瓶を揺らせば中でカラン、と結晶が音を立てる。小指の先程のサイズの不揃いな薄片は室内灯に翳せばチカチカと光を乱反射する。透き通ったそれはうっすら茶色く色づいており、さながら煙水晶のようだ。
「…悪趣味」
 フェムは至極嫌そうな顔をしてソファに腰掛けているこちらを見下ろした。頬で横一文字に切り揃えた前髪の隙間から見えるアイスブルーの瞳はその色通りに冷たさを顕にしている。
「それ皮膚片であることには変わり無いんだけれど」
「そうだな」
 軽く流して、小瓶を取り上げようと鞭のようにしなった腕を空いている腕で受ける。胸ポケットに仕舞ってニヤリと笑えば彼女は小さく舌打ちをした。
 ジェルマの子らの皮膚は鋼鉄でできているというのは、あながち間違ってはいない。我々には通常の人間には存在しないはずの外骨格が存在するのだ。並の銃弾程度であればものともしない硬度を持つ皮膚は彼女にも存在していたが、我々ほど完璧なものではなかった。ひび割れているのである。外骨格を持つ生物は脱皮をする。自分も経験がある…と言ってもせいぜい身体の成長に合わせて皮膚が割れる程度で、包帯で巻いておけば痛みもなく三日後には元通りになっている。それは彼女も同じだったはずなのだが、身体の成長が止まっても彼女の「脱皮」は終わらなかった。分泌ホルモンの異常だと科学者連中は結論づけたが、一向に解決はできないままである。おかげで完璧なはずの彼女の容姿には、皮膚のひび割れという欠点が付き纏うことになったのだ。それこそが彼女を最高のものに仕上げているという見方もできるが、残念ながら彼女は疎ましく思っているらしい。
「いつか貴様が存在しなくなったときのために拾い集めている」
 更に嫌悪をむき出しにした彼女に続けて言う。こちらには共感などという軟弱なシステムは無い。以前彼女から直接ぺきりと剥がし取れば痛いと喚いたので拾ってやっているのだ。寧ろ感謝してほしい。
「ここからお前のクローンでも作るさ」
「…そこまで執着するの」
「あア、お前がいなきゃ世界は面白くない!」
 腕を広げて喜劇の主人公のように言う。戦争が仕事なら、彼女との殴り合いは趣味だ。どっちだって楽しいが、戦争ばかりじゃあ飽きが来る。それは彼女だって同じはずだとばかり思っていたが。
「案外保守的というか、慎重というか」
 呆れた、とフェムは溜息を吐く。
「そんな欠片と非実在クローンに夢想するロマンチストだとは思わなかった」
「何が言いたい」
「人間の機微を理解できない我々にはわからないことだよ」
 自虐的に口だけで笑った彼女の真意は本当にわからなかった。明日召使いにでも聞いてみるか、と首を捻ったところでフェムの拳が頭を揺らす。凹みすらしない軽いジャブは彼女なりの煽りだろう。なんだ、今日二回目の殴り合いがしたいなら最初からそう言えば良かったものを!

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