延長線上の情事事情



 ぱちり。喉の乾きに目を覚ます。外はまだ暗く傾いた満月の光がベッドの端をスポットライトのように照らしている。
 起き上がろうと肘をつけば想像よりも大きな音でギシリとスプリングが軋む。けれども、そこまでだ。そこまでで動作が制限されて身体はシーツから出られない。
「ヨンジ、起きてるんでしょう」
 原因は明確。ギチリと万力のように胴を固定する太い腕、背に密着する体温と呼吸に上下する胸板。
「アタシ水飲みたいから離して」
 無反応を貫く狸寝入りに構わず言葉を続ける。
「…面白くねェ」
 呟かれたテノールの主は一際強く抱き竦めて耳元へ唇を寄せ、存外素直に腕を緩めた。枕元へ脱ぎ捨てられたしわくちゃのシャツを掴み立ち上がる。ふわりとした毛の長い絨毯が足の指を擽る。
「…綺麗だな、相変わらず」
 冷えきったシャツに袖を通そうとして飛んできた野次に動きを止める。血統因子の操作で感情がいくつか欠落しているとは聞いていたが、まさか美意識まで壊滅状態だったかこの男、と半ば呆れる。
「罅割れた肌には醜いとか不恰好って言葉が似合うはずだけれど」
 彼が綺麗だというものは、このところどころ割れた肌だ。彼ら姉弟のような鋼鉄の肌は後天的には手に入らず、結果質の悪いフィギュアのように皮膚が割れている。お世辞にも美しいなんて言えないものを、彼は宝石でも愛でるように言う。
「私は完璧に作られているからな。不完全なものに惹かれるようだ」
「趣味わっる」
 肘をついて寝転がったまま、大根役者のアドリブの方がまだマシな陶酔した台詞を吐いた彼を一瞥してしゅるりとシャツを羽織る。この部屋には彼と自分しかいないにせよ、素肌のままベッドの外を歩くのはどうも気が引けた。大柄の彼のシャツは丁度ロングカーディガンのように腿まですっぽりと隠してしまう。
 がらんと冷蔵庫の扉を開ければ庫内灯のオレンジに照らされたガラス瓶がいくつかとカットされ盛られたフルーツ、それに袋入りのチョコレート。きゅぽんとコルク栓を親指の爪で弾き、がぱりと呷る。乾いた喉に染みて、それが食道を抜けていくのが如実にわかる。随分と身体は火照っていたらしい。
「好きじゃなきゃ抱くかよ」
「はいはい」
 瓶をベッドサイドテーブルに置きまたシーツの上へ。恋人のように腕を広げて出迎える彼に何がしたいんだろう、と疑問がないわけではなかった。別に彼とは恋人ではないし、王子と一指揮官、この国の事情は少々複雑ではあるけれどそれが許される関係でもないのだ。ただ日々、鍛錬半分遊戯半分熱のままに殴り合いとも言える打ち合いをして、時折その熱が冷めないからとベッドの中まで持ち込んだ。昼間互いの頬を殴った手で髪を梳き、顎を蹴り上げた脚を扇情的に絡ませる。ただ、それだけのこと。
「そもそも君の怪力に耐えられるのアタシくらいでしょうに」
「あァ、女は脆くてダメだ」
 そう言ってまたギチリとこちらを拘束する。罅割れているとはいえ鋼鉄化した肌でなければきっと痣どころでは済まされない。事実、腕は彼の指の形に少しだけ凹んでしまっている。誰にもバレないようプレス機を使う小さな苦労をきっと彼はこれっぽっちも理解していないんだろう。
「おやすみ」
 彼の腕の中に収まって呟く。絶対に向き合ってやるか、と再び背中を向けて。いくら狂戦士へと改造されているからと言って、この状況に面と向かっていられるほど正気を失ってはいないのだ。それはきっと彼も同じはずなのだけれど、この四男様はあまりそういうことに興味がないらしい。だってもう、寝息が髪を揺らしているのだから。

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