3 モルモットは盤上で夢を見た



「父上!」
 バタン、と開け放たれた扉。時刻は深夜二時三十五分。こんな時間に何の用だ、とジャッジは静かに返した。飛び込んできたのはニジ。一番足の速い彼が来たということは余程の緊急事態か、それとも。ニジは基本的にイチジと共に行動している。流石に就寝時は別の部屋だが、隣同士の部屋なので度々姉弟で集まっているようだった。イチジの指示でここまでやってきた可能性が高いニジは、その声色から興奮覚めやらぬ様子だ。まるでついさっきまで喧嘩の野次馬をしていたような。まだ幼い子供とはいえ、彼らの頭脳はそこらの大人を平気で上回る。そんな彼らだから、並大抵の問題であればここへ来るまでもなく解決できているはずだ。それにきょうだいを頼って何事も解決するような教育もしてある。だからこの行動は、理解できなかった。
「ヨンジの奴がもう三十分も喧嘩してる!」
 今の言葉に、不可解な点が三つ。一つ、まず誰と喧嘩しているのか。イチジやレイジュは考えにくい。サンジであれば喧嘩にはならない。彼らは今の今まで小競り合いはあっても喧嘩はしたことがないし、そもそも深夜には騒がないようにきつく言ってある。二つ、どうして喧嘩が始まってすぐではなく三十分経過した今なのか。三つ、三十分もヨンジと互角にやり合える程の存在がいるのか。ほぼ誤差の範囲であるが、子の中ではヨンジは一番の怪力であり持久力もある。それとそんな時間殴り合いをしているというのならば。ここまで考えて一人、思い当たる存在がいる。いやしかし……。
「行こう」
 寝室で考えていても何も始まらない。急かすように廊下の方を見ているニジにそう告げれば、ヨンジの部屋だ、とだけ言って駆けて行ってしまった。改造を施しているとはいえ、年相応の振る舞いは見せてくれるらしい。
 
「ヨンジ、五番」
「はい」
「…何だ、父上」
 がらんとした子供部屋。家具の類には手をつけないようにしたのか、部屋の真ん中で組み合ったまま静止した二人はそう返事をした。人外の力を与えている以上、安全装置としてこちらの命令には逆らわないようにしてあるのが功を奏したか。部屋の隅ではイチジとニジがその様子を眺めている。レイジュは部屋が離れているせいかここには来ていないようである。自らを組み敷いている少女の顔を目掛けた拳を寸前で止めてこちらを見るヨンジ。少女もヨンジも、どちらも外傷はない。それもそのはず、両者とも外骨格が発現している。
「五番、理由を聞かせろ」
 少女に告げる。ゴールドブラウンの髪に白いアモン角を生やした彼女は、実験体の一つであった。No.5なので、少女のことは「五番」と呼んでいる。ランダムに拾ってきた戦争孤児の血統因子を改造する手術を行ったサンプルのうちの一つ。最初は二十ほど用意していたが彼女以外は全て破棄せざるを得なくなったのだ。元々ジェルマの更なる戦力増強を目標にしていたが成功率が低すぎる上にコストも高く計画倒れになっていた。当初の目的から変更し、彼女は暗殺者として教育を施すことにしていた。決して怪しまれぬ子供の外見、余程の武器でないと傷もつかない肌。それに加えてこちらの命令には絶対に背かないとあれば、これほど暗殺に向いた存在はいない。
「以前科学者たちが『お前は命令通りにしか動かずつまらない。こちらを驚かせることの一つでもできないのか』と言っていたので王子の暗殺を企てました。王子様ですから、此方では殺せぬと予測しての行動です。そもそも此方に殺される程度の王子など、不要では?」
 すらすらと、後ろめたさの欠片も感じさせず少女は言う。本来ならば少女は処刑してしまうべきだ。未遂とはいえ王族へ殺意を向けていたのだからこれは重罪に値する。しかしながら、この才能は惜しい。そもそもここまでの力を秘めているとは、少女を設計し直したこちらとしても想定していなかった。居住区から遠い区画で日夜を問わず訓練をしていたのでこの部屋はおろか王子の顔も知らなかったはずだ。捨て駒にしても良い程度の失敗作。その判断は間違っていたようである。
 ふと。たった一人出来損なった息子のことを考える。どう足掻いても発現しない因子はもう諦めるしかないと城の奥深くに幽閉した。であるならば、この少女をあれの代替品としても問題ないのではないだろうか。あくまで打算で生きてきた。親としての愛情など、先祖代々の悲願とは天秤にかけるまでもない。
「お前たち、何かあるか」
「こいつ、おれの皮膚をわかって呼吸を止めるつもりだった。だから投げたのに向かってくるから、相手をしてやった」
 ヨンジは口元に触れながら言う。少女も同じように外骨格が発現している以上、下手な斬撃や圧迫は効果がない。シンプルに、鼻と口を塞げば良いと考えたのだろう。もちろん、彼女の言うとおりそれでは不十分だと考えていたはずだ。そもそも、彼女の行動原理を探るのならば「暗殺未遂」でも十分。そこから先は成り行きに任せたのか、取っ組み合いなどという暗殺からは程遠い行動に出たのだろう。
「すげえ殴り合いだったぜ、そこらの兵士なんか目じゃないくらいだ」
 ニジはへらへらと笑いながら言う。態度とは裏腹に、観察眼は優れている。ニジの評価は正しいもののはずだ。教育の一環として体術も武器の扱い方も片っ端から教えさせていたが、まさかここまでとは。単純な力では劣るはずだ。それを余りある技巧でカバーしたらしい。
「互角でした。勝利が僅かにあれへ傾いたので父上を呼ぶようにニジに言いました。このまま処分してしまうには惜しいかと」
 イチジは落ち着き払って言う。冷静な分析が得意なイチジらしいコメントだ。こちらの思考を読み取っているのかとまで思えるその発言は我が子ながら恐ろしい。
「お前たち、明日からこの少女を訓練に加える。いいな、ヨンジ」
「……はい」
 イチジとニジが返事をした後で、ヨンジはしぶしぶ頷いてみせた。それもそうだ、先ほどまで殺意を向けていた相手と明日から共に過ごせと言われれば気に食わないに決まっている。しかし、少女の目的を考えればもうこんな気は起こさないはずだ。ヨンジのことを憎んでの行為ではないからだ。
 
 
「貴様、名前は何という」
 訓練の休憩中。ヨンジは少女へそう声をかけた。彼女は今日から私たちと共に過ごすことになった実験体の一つ。人体実験が公に行われているこの国で珍しく、噂程度でしか言及されなかった存在だ。それも失敗に終わったと言われていたのに、彼女はその唯一の成功例なのだという。それが昨晩、ヨンジと対等に渡り合ったせいでお父様に認められたらしい。殺人未遂なんて即刻処刑されて然るべきなのに、私たちはどうも合理的すぎる。それに数時間前に自らへ殺意を向けていた相手へ平然と語り掛ける弟も弟だ。
「此方は五番と呼称されます。それ以外は、何も」
「呼びにくいな」
 可哀想なものね、と素直な感想をすんでのところで飲み込んだ。名前をつけるということは即ち、その存在に意味を与えるということだ。彼女が「五番」であるのならば彼女は通し番号で呼ばれるだけの存在であるということ。最初から人間としての運用をするつもりは無かったのね、と科学者たちに溜息を吐く。改造された我々でさえ一応は人間の子として育てられ愛情も与えられている(はず。比較対象がいないのでわからない)というのに。
「じゃあおれが決めてやる」
「なんだヨンジ、お前にそんなセンスがあるのか?」
「父上の許可は取っているか?」
「渾名をつけるのに許可がいるのか?」
 弟たちは言い合っている。一卵性である以上、彼らの会話に言葉を挟むのは難しい。かといって別に入る必要もないので置いてけぼりの少女を眺めていた。
 明るい髪色に白い角。目元まで伸びた前髪は綺麗に切り揃えられている。ちらちらとしか目が見えないせいで彼女の心情が探れない。けれど見えたとして、綺麗なアイスブルーの瞳は何も映していないように見えるのは気のせいだろうか。あくまで視覚情報を得るためだけの、監視カメラのレンズのような瞳。整った顔をしているのに、彼女は人間味が薄い……なんて、私が言えるようなことじゃないんでしょうけれど。
「貴様の名前はフェムだ。ベータ・フェム」
「ベータ・フェム」
「ああ。予備実験段階で頓挫した計画の五番」
「五番よりはマシか」
「呼びやすくはなったな」
「そうね、確かに良い名前だわ」
 ヨンジにしては、とは付け加えずに言う。フェム。少女はその名を拒まない。拒否権が彼女にあるかと言われればノーだろうが、自らに名が付いたことへの満足は彼女の口元を歪めていた。何もわからないなりに、自らの存在が確定した実感はあるのだろう。そしてそもそも、誰かに何かを与えられたことすら初めてなのではないだろうか。
「此方は次から、フェムと呼称されるのですね」
「そうだ。あとその一人称も止めろ。敬語もだ」
「甘いな、情でも移ったか?」
「馬鹿、この女を好いたんだろ?」
 ニジとイチジはそう茶化すけれど、ヨンジはそんなこと気にも留めず少女フェムの返事を待っている。フェムはほんの少し首を傾げてから、咳払いを一つ。
「アタシの名前はベータ・フェム。これからよろしく、ヨンジ」
 にこやかに笑って手を差し伸べる優雅な仕草と、それにそぐわない砕けた口調。その返答にヨンジは満足したらしく、彼女の手を取った。なんだ、歳相応に可愛らしい面もあるじゃない。そう思った矢先。
「チ、読んでいたか」
「勿論」
 ヨンジが手だけでフェムを地面に叩きつけたのだ。それを見越してのことだろう、見事に受け身を取ったフェムはそのままヨンジの脚目掛けて蹴りを入れたのだ。
「貴様とは良い喧嘩相手になりそうだ」
「ええ、全く」
 前言撤回。仲は良いのかもしれないけれど、全然微笑ましくなんかないじゃないの。
 
 出来損ないの弟の代わりになった女は、生意気にも好成績を残してばかりいる。気に食わない。確かに足を引っ張ってばかりいるグズよりも同じレベルの奴の方が幾分マシだ。だが血筋もわからない女に負けるのだけは最悪だ。血統因子の操作も不完全の癖に。その証拠に発現した外骨格には異常発達の兆しがある。彼女の場合は身体の成長以上に脱皮を行う不具合が生じている。そのうち身体の成長が止まっても脱皮を繰り返すようになる。即ち欠けた陶器を無理に継いだような痕が全身に出るはずだ。
 外骨格を持つ生物は脱皮を繰り返して成長する。我々も例外ではない…と言っても部分ごとであるし、脱皮している間無防備になるわけではない。通常の人間が擦り傷を作った後に瘡蓋が剥がれる程度のもの。勿論欠片は生じるが、そう汚らしい見た目はしていない。綺麗でもないが、精々が小石のようなものだ。閑話休題。
「貴方が、サンジ?」
 城の奥深く、牢獄の前。鉄格子越しに話しかけたフェムは例の如く首を傾げている。彼女をここへ来させたのは気まぐれだ。ただ、自分が何の代用として育てられようとしているかを見せたとき、どんな反応をするのだろうかと気になっただけだ。
「…うん」
 と言っても今、おれは姿を消している。彼女にはこの場所に来るように指示をしただけ。先日新調されたレイドスーツには透明化機構が付属している。その試運転も兼ねていた。まあフェムに関しては視覚情報だけを誤魔化しても無駄だろうが。
「アタシはフェム」
「フェムは、何を?」
 虐めてくる奴も笑う奴もいないせいかサンジは普段よりも穏やかに話している。生憎表情は鉄仮面のせいで見えにくいが、声色が明らかに高いのだ。
「単刀直入に言えば、アタシは貴方の代用品だ」
 我ながら酷な場面だと思う。代用品があるということは、本家はもう無くなっても構わないということだからだ。役立たずと言われこんなところに押し込められた人間に更なる追撃ができるとすれば、この仕打ちしかないだろう。
「そう」
 トーンを落とした声でサンジはそう返事した。てっきり絶望しきって声も出ないかと思ったのに、つくづく予想を下回ってくれる。
「でも、アタシが代用できるのは戦力的な役割だけ。総帥様の娘にはなれないよ」
「どういう…?」
「?単純な事実の列挙だよ。ここには何の意味も無い」
 当然ながら、おれには人の心がない。必要ないからだ。人間から完璧を奪っているのは慈しみやら良心やらという感情。それを削いで完璧にデザインされたのが我々だ。それはフェムも同じ。しかしおれとフェムの差は何か。人間の心の分析量だ。おれたちは人の心を学んできた。どうすれば人間は怒る、泣く、エトセトラ。例外や個体差の大きい感情といえど典型例というものは存在するし、それを利用すれば人間というものは随分扱いやすくなる。一方であれはついこの前まで生命としての運用をされていなかった。つまり他人の感情を一切読み取れないのだ。だから今、フェムはサンジの絶望と希望の綱渡りも読み取れていない。自分の代わりがいる以上もう不要なのかもしれない。けれどもしかしたら自分はまだ見捨てられていないのかもしれない。そんな逡巡は、軽く見ただけでわかる。ああ反吐が出る。
「ここから出してって言ったら、フェムはどうする?」
「アタシならその鉄格子壊せるけど、出たところで他の王子たちに攻撃されるんじゃない?」
 至極冷静にフェムは言う。見えていないはずのこちらを見るような素振りさえしているあたり、やはりおれの存在に気付いているらしい。科学者連中に改善を叩きつけておくべきだ。
「羨ましいな」
 黙ってしまったサンジのせいで、牢は水を打った様に静かになる。僅かに地上で訓練をする兵士の声が響く程度の中、その静寂を破ったのはフェムの声だった。
「え」
「アタシは頑張って挑発しないと攻撃されないのにさ、貴方は血が繋がってるってだけで攻撃されてきたんでしょう?アタシは喧嘩したくてたまらないっていうのにそっちのけで皆ここに来るんだもの」
 ああそうか、こいつも大概頭がおかしいんだった。透明化していなければ傑作だと腹を抱えて大笑いしていたところだ。羨ましい?この牢屋に放り込まれた出来損ないが?お前はあの「虐め」を「攻撃」だと認識できるのか?仮にそうだとして攻撃されている奴目掛けて「羨ましい」という感想を抱くのか?全てが馬鹿馬鹿しかった。おれさえも、サンジを「可哀想だ」と思うレベル。サンジの、まるで怪物を見るような瞳が気にならないレベルだ。いつもなら見ろよあの顔!と指差して嘲っていただろうが、今だけは別だ。ベータ・フェムという女は、狂っている。操作された感情であるとはいえ、歪だ。ただ、面白い。将来ジェルマを背負って立つのであればこうでなくては!
 
「ナイトをC6へ」
 コトリ。メイドが駒をまた一つ動かす。その直後に彼女が盤上の白い石をパチリと置き、黒の石を二枚裏返した。
「フェム。次の作戦についてだが」
 作戦三日前の午後九時十二分。お決まりとなったフェムとの作戦会議は定刻通りに開始されていた。パチン。石を黒に裏返す。知能指数が高いとされるのは我々に共通の特徴だが、彼女に関してはそれを戦にしか使うつもりがないらしい。作戦会議だけでは手持ち無沙汰であるとボードゲームを持ち込んだのを皮切りに、いつしかこの時間は彼女との対戦時間も兼ねていた。ボードゲームは盤上の戦である。それでもつまらないとメイドも呼びつけて二種を同時並行で行っているのだ。
「掃討作戦で相手は数だけの兵士でしょう?アタシとイチジでいいんじゃない?あ、ナイトをG5」
 齢十そこらといえど、我々は既に父上から作戦を任されている。勿論最終的な決定は父が下すが、そのまま通ることが多い。我々、と言ったが立案はほぼおれとフェムだった。レイジュは「将来の総帥だから」とおれに任せ、ニジとヨンジもそれに倣う。面倒だと口に出すこともあったか。確かに王位継承権はおれにあるとはいえ皆同い年なのだからやっておくべきだと何度も言っているが、一向に従うつもりはないらしい。結局、素直に応じるのはフェムだけだった。むしろ彼女の方から次の会議はいつだ、と忙しなく聞いてくる始末である。
「そうだな。依頼者が毒ガス兵器を得意とする以上レイジュは対策済みの可能性が高い。ビショップ、F5」
駒を動かす指示の言葉を挟んで、軍議を展開する。彼女はサンジの代用品だ。我々と同様の改造結果を期待された実験の生き残り。元々暗殺者として使い捨てるつもりだったというのだから勿体無い。その証拠に、彼女は代用品の立場を上手く全うしている。それに加えて闘争本能を増大させられたせいか作戦に関しては人一倍興味があるようだった。
「ニジを投入するには戦力過多でしょう。どう考えても雑兵だ。銃火器に溢れた戦場ならばヨンジよりはアタシの方が適性がある。ルークをA4へ」
 我々には擬似的な悪魔の実の能力が備わっている。擬似的な、というよりは能力発現の機構を解析・再現した代物だと言ったほうがいいか。だからおれには光が、ニジには電撃が、ヨンジには法外な怪力と腕の改造が、レイジュには毒が。そしてフェムには念動力が備わっている。サンジの代用品とはいえ、能力には適性がある。本来ステルスブラックの能力だったはずの透明化は彼女には適合しなかったし、そもそもステルス機能はレイドスーツに搭載された。一定半径以内の任意の物体を自在に操る彼女の能力は、戦場において無敵だ。周囲の武器を全て雑兵から取り上げて一斉攻撃を仕掛けるのだ。今まで自分が手にしていたマスケット銃に撃たれる兵士ほど哀れなものはない。そんな個人個人の顔をさほど見もせず、彼女はまるで踊るように、指揮者のように優雅に振る舞うのだ。個々の対象を個別に処理する必要があるので当然彼女の脳には多大な負荷がかかるのだが、それでもなお彼女は笑っている。いや、過負荷ゆえにトランス状態となった彼女は笑顔しか出力できなくなるのだ。花を愛でる少女のように、玩具を与えられた少年のように。彼女の言葉に従う銃弾、一直線に飛んでいく剣の数々。その中で恍惚を顔に浮かべる彼女の姿は、舞台上の女優だ。悪趣味なスプラッタ、観客も全て仕留めてしまう彼女の美を理解できるとすればそれは我々だけなのだろう。
「ではそれで。作戦はこちらから父上に報告しておこう。ビショップをC5へ」
「ええ、お願い。クイーンを、そうね。D5」
 オセロはまだしも、チェスの勝負はまだつかない。これでは明日の朝までかかってしまうだろうしまた途中で切り上げる他無い。
「それはそうとフェム。お前指揮官をやるつもりは無いか?」
 長考。話を変えるついでに問うた。彼女の才能と性格はあまりに軍師向きである。我々のように一最高戦力に収まるよりは、常に戦場を見渡す役割の方が性に合っているのではないだろうか。彼女であればクローン兵士を有効に使える。彼女がその役職につけば父上の負担も減り、我々も勝手知ったる彼女が指示をするのであれば気兼ねなく動くことができる。彼女の方も主戦力である我々とは長い間共に過ごしているし、我々の扱い方を十分に承知しているはずだ。
「指揮官?戦場に出る数が減るじゃない」
「ビショップをE4。お前が作戦を指揮するというだけだ。別に戦場に出るなとは言っていない」
「へえ?」
 にやり。口を歪ませながらテーブルに肘をついた彼女。さらりと揺れた黄金の髪の間からアイスブルーの瞳が覗いた。あの晩に比べれば随分と雄弁になった視線は、それだけでこちらの提案に対する肯定を示していた。
「その話乗った。そして今晩のチェスは貴方の勝ち。十手先でアタシが負ける確率が八十オーバーだからね」
「そうか。オセロはお前の勝ちだが」
 彼女の笑顔には二種類ある。年相応の少女がするそれと、歪なそれ。今浮かべているのは後者。側頭部に生えた角が余計に際立たせるせいか、戦をしている彼女は悪魔のように笑うのだ。それが大変に美しいのだとヨンジは言っていたが、さて。
「ではお前の役職についても父上に相談しておこう」
 メイドに駒を片付けるように指示をして、今晩はここまで。明日からはきっと指揮官殿になるであろう彼女の活躍は、祈るまでもない。

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