3 なーす・さんくちゅあり・びすけっと



 遂に明後日に迫った結婚式。プリンさまのためにも会場の準備を頑張るぞというのが、今朝目が覚めた瞬間に思ったこと。女王さまのこどもたちの結婚式といえば世界各地から有名だったり力があったりする人たちが集まる国一大イベントだから、私は参加させてもらえないのだ。怖い人も来るから私みたいな弱っちい人間は危ないし、そもそもただのメイドさんは必要ない。配膳も何もかもプロがやるし、それ専門のホーミーズも沢山いる。でもそれを悲しく思ったことはあんまりない。だって結婚した二人は島中をパレードするし、結婚式で出た料理は一式再現されて後々振る舞われるのだから。
 けれど私に言いつけられたのは、ホールケーキアイランドからコムギ島への移動だった。カタクリさまが、いつもよりほんの少し苦い顔をして言ったのだ。カタクリさまは私よりも遅く寝るけれど、私が起きる頃には大抵もう仕事に出ている。だからいつもは書き置きがあるのだけれど、今日ばかりは私に直接言ったのだ。カタクリさまの部屋にはベッドがないのでもしかしたら眠らないのかもしれない。一度聞いたら椅子に座って休んでいると言っていたけれど…とにかく、私は彼が眠っているのを見たことがない。カタクリさまは完璧な人だと皆言う。負けたことがないし、欠点なんか無い。確かに未来が見えるのはとてもすごいことだし、それを修行し続けて手に入れたというのだからなおさらだ。それに加えて、私をこうやってある程度自由にさせているから優しいとも言われていたっけ。私がこの国でどんな立ち位置にいるのかはあんまりまだわかっていない。ただ、私は勝手に死んではいけないしこの国から出てはいけないとだけ言われている。彼の部下だし、それは多分当然なんだと思う。それにそんなつもりは全然ない。ここにいれば美味しいものはたくさん食べられるし、知らないこともいっぱいある。ここに来るまでの私になかったものが全部、ここにある。だってここに来なければ、私はずっとかみさまのにせもののままだった。私が私そのものでいていいのは、とても素敵なことだ。知らないことのほうが多いけれど、これだけは言い切れる。話が逸れてしまった。
 話を聞けば、あのクラッカーさまがやられてしまったらしい。だから彼をみてやっていてほしい、と言うのだ。別に私は医学の知識もないし、特別クラッカーさまに気に入られているわけでもないのだけれど…カタクリさまの指示だから仕方ない。それに、私自身がよくクラッカーさまにお世話になっているのだし、これくらいやらなければ。私の能力の訓練に使うからと、クラッカーさまに特大のビスケットをよく出してもらっているのだ。私がかみさまの力として使っていたのは、世界では悪魔の実の能力というものらしい。図鑑もきちんとあるのだけれど、私の能力はあの島でだけで確認されていたものらしく載っていなかった。だからちょっとずつできることを探って、それが役に立つのならば利用したいと思っている。事実、ここに来て暫くの間は自分ができることといえばものを分解することだけだと思っていたけれど、分解してまた戻したり別のものに組み替えたりすることができることも判明している。それでもあんまり使いこなせないので、少しずつ練習をしているのだ。カタクリさまも能力を得てすぐの頃はわからないことだらけだったと言っていたことだし。
「そろそろコムギ島に着きます!」
「わわ、静かにお願いします…えーっと、あの執務棟裏に着けてもらえますか?」
「了解!」
 声を落として言う。夜通しずうっと戦っていたのだから疲れているだろうし、クラッカーさまを起こすのも悪い。それにしても今回は、とてつもないことになってしまうのかもしれない。いや、もうすでにとんでもない。あのクラッカーさまが負けるなんて、それだけで前代未聞だ。ホーミーズさんたちに聞き耳を立てたところ、プリンさまの結婚相手である王子様の仲間が彼を取り返すためにやってきているのだという。それがとても強い海賊なんだそうだ。あ、だから私はホールケーキアイランドから出るように言われたのかな。その海賊がどんな人かわからないけれど、危険なことには間違いがないし、私みたいなのは戦いに巻き込まれただけでひとたまりもない。クラッカーさまの戦いを遠目で一度だけ見たことがあるけれど、戦争みたいだった。戦争を本当に見たことはないから、シャーロット家の方々に聞いたことからの想像なんだけど。
 執務棟の裏の海岸に着ければ、島民にも目立たないし力持ちのホーミーズさんを呼びつけることもできる。流石に私の力だけでは気を失っているクラッカーさまを運ぶことはできない。そもそも私に運べるのはせいぜい小人族の人くらいだ。プリンさまと一緒にいる絨毯さんも空を飛べるし、玄関にいる絨毯さんならきっと大丈夫。彼は綺麗好きで今朝も洗われたばかりだし。うんうん、我ながらいいアイデアだ。
 
「これで、よし!」
 そう言って慌てて口を塞いだ。来賓用の宿泊室の大きなベッドにクラッカーさまを寝かせてもらったから、お医者さんたちが来るのを待つだけだ。クラッカーさまサイズのベッドがなかったので、普通サイズのベッドを三つ、私の能力を使って組み替えて一つのベッドにしたのだ。装飾のところがちょっと左右非対称だけど、まあ合格点だ。だってベッドフレーム、ベッドマット、掛け布団に枕と欠けずに揃っているしそれぞれの規格もちょうどよく噛み合っている。前やったときはやけに薄っぺらいベッドマットとかベッドより大きい枕ができてしまったので、それに比べたら成長だ。お医者さんを待っている間、汚れがついているところを拭けばいいかな。とにかく重そうな肩当て?は頑張って外そう。
「あ……?」
「お目覚めですかっ、あと十分くらいでお医者さんが来るのでですね」
「麦わらァ!」
「どわーだめです!」
 全身痛いだろうにぴょんと勢いよく飛び起きて部屋の入り口に向かおうとするクラッカーさまの前に立って精一杯腕を伸ばして止める。彼は私の倍くらいあるので、ついでに飛び跳ねでもしなければ目に止まらない。
「どけ!おれァまだ戦いの途中だ!」
「だめです!仇討ち部隊も結成されてます!」
「おれが!自分で倒す!あいつだけは許さねェ!」
 どうにもならない!どうしよう、と考える。カタクリさまの言いつけで絶対に安静にさせるように言われているけれど、私は言葉でクラッカーさまを言いくるめられるほど話が上手くない。普段の彼なら優しいので私の言うこともちゃんと聞いてくれるだろうけれど、今回ばかりは無理だ。カタクリさまに言われてます、と言っても構わねェと言うだろう。
「えいっ」
「あっ
 だから言い返さないまま黙ってクラッカーさまとにらめっこをして、やっと思いついた作戦を実行する。くるりと後ろを向いて、扉に手をついて能力を使うのだ。
「これで!ドアはなくなりました!無理に壊すと向かいのカタクリさまの部屋まで被害がいきます!」
「貴様……!」
 さっきみたいに形あるものを作り上げるのは頑張らないとできないけれど、扉を含めて全部を壁にするのは雑でも良いので得意だ。元通りにするのはちょっと大変だけど、まあ仕方がない。クラッカーさまはぷるぷる震えながら拳を握りしめている。
「兄貴の言いつけか?」
「はい。いくらクラッカーさまでもその傷は堪えます。今治療しとかないと痛いですよって言いなさいって」 
 そう言うと、クラッカーさまはため息を吐いてベッドに腰掛けた。どうやら無理に動くのは諦めてくれたらしい。カタクリさまは未来が見えるらしいけれど、こればかりはクラッカーさまのことをとても理解しているからだと思う。カタクリさまは優しいので、きょうだい皆のことを事細かに把握しているのだ。この国に来て文字よりも先にシャーロット家の方々のことを覚えたけれど、そのときくわしく説明してくださったっけ。
「お前、おれが良くなるまでずっと部屋にいるのか?」
「少なくとも結婚式が終わるまでは」
「おれの役目はお前のお守りってワケか」
 何か今聞き流しちゃいけないことを言われたような気がするけれど、実際そんなところかもしれないのでろくに言い返せない。満身創痍のクラッカーさまと何にも怪我をしていない私でも、私の方が圧倒的に弱い。ううん、やっぱり私がクラッカーさまを見張るように言われたのは、それが一番安全だからだ。カタクリさまは結婚式のお茶会に出席される。いくらここが女王さまの手が届く範囲とはいっても不安なのかもしれない。もっと強くならなきゃ。
「それはそうとワラビ」
「はい」
「医者はどこから入ってくるんだ?」
「あっ」
 クラッカーさまは寝転がってにこにこ笑っている。背後の壁の向こう側では、僅かにお医者さんたちの困惑する声が聞こえていた。

prev next

back
しおりを挟む
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -