5時 ストーンズ原野 / 23時 砂塵の窪地





朝焼けが、あまりにも綺麗だった。
高度の低い太陽の赤と夜の残滓の青が混ざりあって空はグラデーションに彩られている。軽やかな陽光が座りこんだ私の影を引き伸ばす。後ろめたいことしか無かったはずなのに、自然と心はこの空みたいに透き通って清々しいとまで思う。頭の中は雷雨の真夜中くらいにうるさくて、砂嵐でぐちゃぐちゃになってしまったみたいなのに。
「しびび…」
普段と違うこちらの様子を気遣ってか、勝手にモンスターボールから出てきたエレズンが脚をぺちぺちと叩いている。ありがとう、なんて言葉に出せば堰き止められている感情が全部溢れ出しそうで怖くて、ただ曖昧に笑ってエレズンの頭を撫でた。ドラパルトも半透明の尻尾でこちらの腰をぐるりと巻いている。頭上のドラメシヤがこちらを心配そうに見ているので、これは彼なりの慰めや励ましらしい。
初めて、初めて逃げ出した。トラベルリュックに下げたジムバッジは七つ。キルクスジムは昨晩突破したばかり。ジムチャレンジの際に無料開放されているホテルを夜明けと共にチェックアウトした。だって、九時を回ればきっといつものようにインタビュアーが大勢やってくる。目に見えている。特に今回は私の主戦力であるドラゴンタイプが苦手とするこおりタイプの使い手、メロンさんを打ち破ったのだし、次に挑戦するジムはキバナがジムリーダーを務めるナックルジムだ。世間は私たちのことをよく知っていたから、かつてタッグを組んでいた二人が戦うのを心待ちにしているのだろう。私たちだけのものだったはずの記憶が、過去が、大衆のエンターテイメイントとなって消費されている。
 怖かった。人間という、周囲に溢れる生命体が恐ろしくて堪らなかった。自分だってキバナだってそのうちの一個体であることは変わりないのに、私でも彼でもない奴らが「私」を見つめているらしいのが気持ち悪かった。常に誰かに見られているという圧迫感。ウェルという存在は消えて、「ジムチャレンジャー」としての側面しか存在できなくなるような押し付け。それでいて私たちだけのものが、ドラマや映画と同列にコンテンツとして扱われている現状。大雑把に考えただけでもそんなものが嫌だった。嫌だったのだと思う。自分の感情という中身でさえ、「大衆のイメージする『ウェル』はこう考えるんだろうな」という想像に汚染されていた。本来の私の居場所がわからない。
囲まれて話を聞かれるのも、道を歩けば声を掛けられるのも、きっと慣れていないから真夏に頭痛で魘されるような不快感を伴うのだと思っていたのに、決してそうではなかったらしい。私は元から、ああいう環境が苦手だったのだ。そう気付いたのはジムバッジを三つ揃えた頃だった。
「向いてないんだろうなあ」
 薄々気付いていたけれど、いざ言葉に出すとどうしようもなく心がずきりとした。穴が空いたというよりは、心そのものが行方不明になってしまったような。ポケモンバトルの才能は多分、ある。順調にジムチャレンジを突破して歴代最速記録だと世間で噂されているから調子に乗っているわけではない。ぽつんと自分のサイズ感さえ見失うようなフィールドで、多種多様な戦法で攻撃を仕掛けてくるジムリーダーを相手にするのは脳がオーバーヒートしそうなくらい興奮した。綱渡りのような戦いも何度も経験して、そのスリルが堪らなく好きだった。負けるビジョンは一切見えなかった。けれど、才能だけではやっていけないのだ。かつてローズさんが言ったようにキバナと共にジムリーダーをやるのなら、人間嫌いじゃ駄目だ。インタビューを受ける度に冷や汗が背中を伝うようでは、スタジアムの喝采に呼吸の方法を忘れるようでは、人々の声援にびくりと肩を震わせるようでは、彼の隣には並べない。だって彼は全て完璧にこなしているから。インタビューにはユーモアさえ交えて生き生きと喋るし、スタジアムの喝采をバックグラウンドミュージックにして踊るように戦うし、人々の声援にはあの人懐こい笑顔で手を振るのだ。
どうして、どうしてこんなに違ってしまったのだろう。いつも一緒にいた。互いの考えることなんか言葉がなくても、隣にいなくても共有できていた。彼とまるきり同じ見た目でも性格でもないけれど、パズルのピースのようにぴったりとはまりこんでいた。彼と同じ世界にいられないなんて、世界始まって以来の大事件なのだ。嫌だ。どうして私はこんなに弱いのだろう。一年先の彼へ追いつくからと笑顔で見送ったのに、一年前の彼にすら未だ辿り着けていない。
「キバナぁ…」
 膝を抱えて塞ぎ込んで呟いた。名前を呼ぶのも久し振りだった。だって彼は一人称と二人称の間にいるのだ。名前を呼ぶ必要性もあまりなかった。それでも声に出したのは、彼という存在しか頼れなかったからだ。元々の私を一番知っているのは彼である。過去の私の、よすが。
 このジムチャレンジはローズさんによって決定していたとはいえ、最終的な推薦を出したのはジムリーダーになったキバナだった。チャンピオンにはなれなかったが、最終ジムのジムリーダーとしてオマエを待っている―そう笑顔で告げていた彼を裏切るようなことはしたくない。それでも自分を磨り減らしていくのは耐えられなかった。彼の隣にいたいのに、彼の隣に立つには自分を捨てなければならない。そんな極端な二択問題がずっとのしかかっている。
「…朝早くにごめんね」
 二進も三進もいかないままではどうしようもない。随分と重くなった身体を立たせて、モンスターボールを放った。ボスゴドラ、トリトドン、タルップル。既にモンスターボールから出ていたドラパルトとエレズンも含めて、これが私の仲間たちだった。最速だなんて言われるけれど楽しくて無我夢中だっただけの、旅のパーティ。皆ボールの中で既に目を覚ましていたようで、静かにこちらを見つめている。
「話が、あるの」
 ざあ、とまだ冷たい日の出の風が吹く。そういえば、夜明けだけはキバナと一緒に見たことがない。

***

 ぽーん。弾むチャイムは心音のよう。三時間前のバトルの余韻で未だ浮足立って、今すぐにでも再試合を申し込みたい。全部記憶した彼女の手持ちの技と持ち物をもってして行う脳内試合の試行回数はエレベーターの中で三十回を超えた。引き分けが二回、勝ち負けの数は同じ。ウェルのポケモンバトルの才能は十分に知っていたが、それでも彼女はこのジムチャレンジ中に確実に強くなっている。あの寝てばかりの食いしん坊なタルップルは、ジュラルドンのキョダイゲンスイを余裕で耐えていたのだから背筋がゾクリと粟立った。寂しがりだったドラパルトはもうそんな面影すら無く随分と華麗にフィールドを立ち回って見せた。ドラゴンアローの軌道があまりにも素晴らしくクリーンヒットした瞬間がスローモーションで再生された。砂嵐の中で、オレのフライゴンの素早さに勝ったのだ。それに、と彼女とのバトルの感想は尽きない。言語能力ですら仕事を放棄して全身が楽しかったと訴えている。
 ガチャリと音を立ててドアが開く。細っこい腕は件のウェルだ。ここはジムチャンジャーへ開放されているホテルの一室。試合は夜に行うこともあるせいで、ジムチャレンジャーはスタジアムからほど近いホテルに泊まることができた。
 彼女とはもう暫く会話をしていない。去年はこちらがジムチャレンジをしていたせいで、それからはろくに会ってすらいないのだ。彼女が隣にいることはその時既に日常になっていたから幾分寂しかったが、それ以上にポケモンバトルに明け暮れる生活が楽しくて仕方がなかった。ダンデという同世代の天才の存在は、簡単にオレを狂わせた。ただでさえ楽しいと思っていたバトルが、彼の存在で「オレはこのために生まれてきたに違いない」と思えるまでになっていた。ダンデにたった一度負けただけだ。それなのに一瞬でこのキバナの宿敵の座を奪ってしまったあの男に、勝ちたくてたまらなかった。彼への勝利を目標にすれば生きている実感が湧く。そのためならば全てを投げ捨てたって構わないと思った。世界がきらめいたのだ。
「なあ!今日の試合最高、に」
 部屋に押し入って彼女の手を掴む。そうして先に口を開いてから顔を見れば、ウェルは曖昧に笑ってみせた。てっきり彼女も今日の試合で滾ったままだと思っていたのに、そんな気配は微塵もないのだ。
「ねえキバナ」
 記憶の中の彼女は、同じ目線だったはずだ。それなのに今目の前にいる彼女はやけに小さく細かった。いや、彼女が彼女でないようにさえ思えた。数時間前のポケモンバトルの腕は確かに彼女のものだったし、アッシュグレーのショートヘアも橙の瞳も泣きぼくろも、全部彼女だ。この見た目をしている人物を、オレは彼女以外知らない。けれど、彼女が彼女であることを認めたくはなかった。こんな弱々しい姿、一度たりとて見たことがなかった。酷い怪我をしたときも、熱を出して寝込んだときだってもう少し溌剌としていたはずだ。
 口を開こうとして彼女はは、と気付いて部屋の奥を指差した。こんなところじゃ何だし、とごく小さい円形のテーブルに彼女と向き合って座った。背の高い椅子、子供の足では宙ぶらりんになる。彼女を理解できないことなんか初めてで、そんな不安感を表しているみたいで落ち着かず、金属のパイプに足を添わせた。ひやりとした感触は、頭や心までは冷静にしてくれないようだ。
彼女のことなんか一から十までわかっていた。視線だけで彼女のやろうとしていることがわかるので、彼女と組んだマルチバトル大会では負けたことが無かった。彼女から見たこちらもきっとそうだった。言葉さえ不要だった。
 彼女は数秒言葉を紡いでから小さくごめん、と言った。テーブルの上には綺麗な円になったジムバッジがぽつりと置かれている。栄光の証であり、並大抵の才能では手に入れられないそれは、金属の冷たさも相まって悲壮感に溢れていた。
「なん、で」
 ウェルの言葉を脳内で反復する余裕すらなかった。彼女の言葉は聞き取れたのに、脳が理解を拒んでいる。きっと情けない顔をしているだろうこちらを気遣ってか、弱々しくへらりと笑った彼女はまた口を開く。理解できないのに、その先は聞きたくなかった。けれど耳を塞ぐには腕が重すぎるし、覆うには彼女の口は遠すぎた。
「私は。ジムチャレンジを、トーナメントを棄権する」
 ガラル地方で毎年行われるジムチャレンジ、彼女はその最後にして最大の難関であるナックルジムを突破した。その日の晩だった。昨年のチャレンジャーでありながら既にジムリーダーになっていた自分を、過去最高の勝負でもって討ち破った彼女が紡ぐ言葉なんて、反省会と称したバトル談義以外認めたくなかった。
「何故」
「人間が、怖いから」
 無意識に繰り返した問に、彼女は簡潔に答える。彼女と目線が合わないのは、こちらの背が伸びてしまったからではないだろう。忙しなく泳ぐ視線。何かに怯えるように自らの腕を掴む。憔悴しきった顔には疲れが滲んで、見慣れたはずの彼女がまるで別人みたいだった。彼女といえば笑顔だったり悪巧みをしたりと表情豊かな印象が強いのに、今目の前に立っているのは誰だ。
「もちろん、旅は楽しかったよ。君とのバトルも。でもこのままじゃ、私がいなくなる」
 彼女の言葉は抽象的だったのに、すとんと胸に落ちた。彼女の言うことがわかるのだ。ジムチャレンジは今や市民の娯楽。どのチャレンジャーを応援するか。どんなバトルを好むか。ジムリーダーはアイドルにも等しい人気を誇るし、チャレンジャーもまたそのとおり。記者たちは彼らの日常を片っ端から調べ上げるし、観衆は我々をコンテンツだと認識している。つまり彼女の言葉通り、ジムチャレンジを勝ち抜けば勝ち抜けるほど、世間から個人として扱われることは無くなる。それを彼女は受け入れられなかったのだ。
「キバナがせっかく推薦してくれたのに」
 彼女をジムチャレンジに推薦したのは、他ならぬこのキバナだ。勿論事前にローズさんとの約束があったけれど、名目上彼女を推薦したのは自分だ。単純に彼女ならば余裕でトーナメントまで残留すると思った。彼女と何度も戦ってきたからわかる、彼女のバトルセンスはこの地方で通用する。それに。彼女の今までの成績を鑑みればジムリーダーに推薦されることは確実。ローズさんが言っていたように、彼女とともにジムリーダーをやるという未来予想図の一つはすぐそこまで来ていた。ガラル初のマルチバトルジムのジムリーダーとして、彼女と二人でチャレンジャーを待ち受けるのだ。それはきっと最高の未来だ。ダンデという宿敵と、ウェルという相棒。世界は端から端まで、完璧だ。
彼女を近くに置いておきたかった。これが恋とは思わない。どこまでいってもlikeの感情で彼女に執着している。ただ、親しい友人が、幼い頃からずっと一緒にいる友人が傍にいるのはきっと何にも代えがたい幸せだろうと思った。彼女といれば楽しい。それは事実だ。彼女はこちらをよくわかっているし、こちらも彼女をよくわかっている。彼女が傍にいればきっと、もっと高め合うことができる。そんな確信があった。
「弱い私で、ごめんね」
 弱くなんかない、も、謝るな、も出てこない。彼女に勝手な期待をしていたのはこちらだ。どうしてこちらの思う通りにいかないのだろうという憤りは勿論あったが、今この場でそれを顕にできるほど幼くはない。件の観衆のせいで大人に、求められるジムリーダーにならざるを得なかったのだ。こちらはとうに、「キバナ」という存在を見失ってしまったのかもしれなかった。
「そうか」
 言葉の冷たさに自分でも驚いた。労いも慰めも、追及も無し。上手な言葉が出てこない。心理的距離の近すぎる彼女に対して、どの言葉が最適解かがわからなかった。正しい距離のとり方がわからなかった。言語外で繋がっていたせいだ。
「これから、」
「これから、」
 重なった声の高さは悲しいくらいに違っている。
「なあ!これから、ワイルドエリアに行こう!」
「い、まから?」
 彼女の言いかけた言葉はある程度予想ができた。しばらく姿をくらますと言うのだろう。それを遮って、破茶滅茶な提案をした。
「ああ。夜空を飛ぼう。ドラパルトの背中に乗ってただろこの前!」
 彼女の手を取って続ければ、当然マメパトが豆鉄砲を食ったような顔をする。胸の内でガッツポーズをした。傷心の彼女なんか初めて見たので、百点満点の慰めなんか思いつかなかった。だから意識を逸らせてこっちのペースにしてしまえと思ったのだ。言葉がいらない関係性だからこそ、言葉なんてまどろっこしくて伝わりにくいものなんかに頼るのは避けたかった。今の彼女は未知。このキバナと二人の時間を過ごせば少しは、少しは気分が晴れやしないか。せめて腹の底に抱え込んだ泥を吐き出してくれないか。そんなことを少し考えて、きっと事態は悪化しないだろうと衝動的に口に出した。もうきっと彼女の決定は覆ることはないし覆すつもりもない。彼女の心を擦り潰してまで一緒にいたいという我儘は通せない。それでも、まるで片割れのような彼女をこんな状態のまま放っておくことなんかできなかった。
「満月でもりゅうせいぐんでもないが!晴れた夜空は気持ちがいいぜ」
 大人びた椅子から飛び降りて、大窓をばん!と開ける。夜風がカーテンをバサリと揺らした。気温は良好。モンスターボールを放って出てきたフライゴンの頭を撫でる。正面から風を受ける彼女の顔から目を離さないまま。アンニュイで曖昧な顔は彼女に似合わない。ワイルドエリアの気候のようにパッキリと分かれた彼女の感情は心地が良い。
「ひゅーどろ!」
 我慢できなかったのか、ウェルが心配だったのか。勝手にモンスターボールから飛び出てきたドラパルトはそう一声鳴いた。
「ドラパルト」
 彼女自身もどうすれば良いか迷っていた。それを後押ししたかったのか、ドラメシヤだった頃のように彼女の頭に顎を乗せてくるる…と甘え声を出しているドラパルト。こちらへ目配せしてくるあたり、彼女の気分転換になることをしたいのだろう。飛べるか、と聞けばまたよく通る声で鳴いてみせた。
「先行くぜ」
 フライゴンの背に跨って大窓から飛び降りる。一階分だけ落下してからばさり、と羽ばたきが聞こえて、ふわりと浮く。後ろを振り返れば、慌てて窓際に駆けつけてこちらを見下ろしているウェルが見える。来いよ、と口を動かせば一秒だけ固まって、大きく頷いた。
 一瞬後にふわりと降りてきた彼女とドラパルトが隣へ並ぶ。本来、アーマーガアタクシーでも無いのにポケモンに乗って街の上空を飛ぶのはタブーだ。それでもこのホテルはワイルドエリアに面しているし、今日のような夜は空の交通量も少ない。グレーゾーンだと言い張れるし、そもそも彼女との夜遊びにそんなことを気にするなんて無粋だ。
 頬を風が擽る。雲はない。月はほんの少し欠けて遠く。ナックルシティに近いからか星は霞む。飛び立てばどうにかなると思っていたから、彼女へかける言葉は頭のどこにも用意していない。隣を見れば彼女はただどこかを見つめている。瞬きもせずに何を見ているのか。そんなことはどうでもいい。大切なのは、他でもない彼女とこのキバナが現在を共有しているという事実だ。
 少し前までは当然だった彼女との時間が、こうも貴重なものになってしまったのが辛い。勿論ジムリーダーとしての毎日は楽しい。それでも、幼い頃からの常識を軽々捨てられるほど薄情でも大人でもなかった。どうして楽しいことは同居させられないのか。強欲だから、彼女との日々も。ジムリーダーやチャンピオンのライバルとしての生活も両手に抱えたままでいたかった。大人になるのがこういうことだとでも言うのならば、それは間違っている。
「キバナ」
 静かな夜空に彼女の声がりんと通る。
「きれいだ」
 彼女の頬にぽろりと伝うのは見間違いでも雨粒でもない。ウェルの泣いている姿なんか何度も見ている。それでも今夜の彼女の涙にはドキリとした。きっと、彼女と住む世界を違える晩だからだ。ありがとうと言ってこちらを向いた彼女の顔はやはり、会っていなかった間に少しだけ大人びていた。この夜の風景は、特別ではない。オーロラがあるわけでも、満天の星でもない。ただの夜空だ。それでも彼女の言ったきれい、という言葉はそのとおりだと思う。綺麗だった。言葉では到底説明できない、温度とか、風とか。なによりも彼女が隣にいるという状況。この夜を泣いてしまうくらいきれいだと思う気持ちは、きっと自分と彼女以外の他の誰にも理解できない。
「ローズさんにはさ、一生懸命話してみるよ」
「ああ」
「…私、できることならずっと君といたかった!君といればなんだってできる!ねえ、キバナ!」
「オレだってそうだ。オマエ以上に波長が合う奴なんか世界のどこにもいないしな」
 忘れるなよ、と付け加えれば彼女は私だってそうだよ、と笑った。ぐず、と涙の狭間に叫んだ彼女の顔だというのに、随分と清々しく―ああ、あのとき、マルチバトルの大会で優勝が決定した瞬間と同じ顔をしている。
もういっそ彼女に抱く感情が、彼女とこちらの間にある感情が恋だったなら良かったのにとすら思う。そうすれば今この瞬間にオマエが好きだと叫んでしまえたし、安直なラブストーリーの枠に嵌めてチャチなハッピーエンドに出来たのだ。けれど残念ながらそれはありえない妄想で、現状二人は幼馴染でしかない。だって彼女に対して恋心なんか抱けない。彼女とオレさまは片割れで、自分とそれ以外との境界線の上に位置しているからだ。自分に恋をすることが出来ないように、キバナはウェルに恋をすることができないし、ウェルもキバナに恋をすることができない。
「まあ、オレさまとオマエがジムリーダーなんかやったら誰もチャンピオンまで辿り着けないからな!」
「そりゃそうだよ。だって君と私だもん」
 声を上げて笑いあった。随分と透き通って愉快な決別だった。

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