「しあわせ」のきみ



「発表、素晴らしかったぞ」
「セベクくん!聞きに来るなんて聞いてないよ」
 レトはほんの少し頬を膨らませて言った。文化祭といえば文化部の成果を世に知らしめる場。僕たち運動部は運営に回るとはいえ四六時中ではないので自由に散策することもできる。本来ならば若様の護衛をするべきだったのだが、今日はリリア様とシルバー、僕で交代で護衛をすることにしている。まあ若様ご本人もガーゴイル研究会の展示があるので、護衛はそこまで厳しくなくて良いと言われている。しかし今日は外部の人間も入る日。常にお傍に、と提案したのだが若様に「学生として文化祭を楽しむのも役目だ」なんて言葉を頂いてしまったからにはそのとおりにする他ない。だから僕はレトの発表を聞きに来たのだ。学生の聴衆はそこまで多くなく、ほとんどが企業見学者枠だ。ナイトレイブンカレッジは名門校であり、特に魔導工学と魔法薬学の学生発表には研究・開発者を求める企業が聞きに来るのだ。早い話がヘッドハンティング。本来ならば三年生や四年生ばかりが参加するのだが、レトの場合は先日学園中を騒がせた魔法薬の出来が良すぎるということで学園長から発表を命じられていた。サイエンス部は本来温室でカフェを行うはずなのだが、発表を優先させられたようだ。当人は乗り気ではなかったが、レトはレトが思っている以上に才能に溢れている。彼女の才能を趣味に留めておくのはどう考えても惜しい。
「お前は魔法薬学が好きなんだな」
 乗り気ではない、と言っても発表中のレトはイキイキしていたし、僕にはてんでわからない質問に平然と答える様はまさに水を得た魚のようだった。
「まあ好きっていうか……やってて楽しいな、とは思うよ。手に入りやすい材料で面白い薬が作れたら嬉しいし、今まで難易度が高いとされてたものが簡単に作れたら最高じゃない?あとやっぱり全然関係ないもの同士を混ぜてハチャメチャなものが出来上がると興奮するし」
 こういうこと言うとクルーウェル先生に怒られちゃうんだけどね、と付け加えて彼ははにかんだ。残念ながら魔法薬学のロマンは僕にはあまりわからない。でもレトが幸せそうなのは確かだから大丈夫だ。相互理解が不可能なんてありふれた問題だし、完全な理解をしないと関われないなんてふざけたことはない。
「随分と幸せそうだからな」
「む、ぼくの幸せはきみと一緒にいることだぜ」
「じゃあ今も幸せか?」
「当然、とうぜ、ん」
 レトは急に黙って。珍しい、男子学生の姿をとっているときは滅多なことでは照れないのに。いつもと違う挙動のレトを目の当たりにするとなんだかこちらまで照れてしまうじゃないか!特に僕は肌が白いから赤が見えやすいというのに。
「そ、そうだ。VDCを見に行くんだろ?早く行かないと良い席なくなっちゃうぜ」
 しどろもどろ。そんな擬態語が似合うレトはそう早口で言った。確かにそうだな、とこちらも同じように相槌を打つ。僕はレトがどうしようもないくらい好きだ。こんな些細な挙動一つに動揺してしまうくらいに。そんなもう何十回目かの再確認をしたのだった。





2021/03/28に開催されたエア夢道楽様の当日企画(ペーパーアンソロ)で、「しあわせ」をテーマとして書かせていただきました。ありがとうございました!

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