「しあわせ」の貴女



「きみは幸せそうに食べるねえ」
 ハンバーグ、オムライス、チキンソテー、ミートソーススパゲティ(ミートボール入)、エトセトラ。そんな美味しそうなものが凄まじいサイズと量でもって所狭しと詰められた大皿はどう考えたって一人用ではない。向かいのセベクくんが食べているそれに比べると自分のランチセットがまるで子ども向けのプレートに見えてしまう。これでもきちんと一人前のサーモンクリームパスタとサラダ、バケットまでついているんだけどなあ。
「そうか?」
 幸せそうに食べる、と言ったが決して彼のマナーがなっていないという婉曲表現ではない。頬には少しもソースがついていないし、カトラリーの立てる音は最小限。皿の上も、彼が食べたあとには欠片のひとつも残っていない。芸術作品のような素晴らしい所作で、幸福感を滲ませる。しかも彼が食べているのは白い皿に一口分が載った小洒落たものではない。どちらかといえば美しい食事とは正反対にある、いわゆるデカ盛りジャンル。下品だとは言わないが、それでもどちらかといえば格闘技のような食事風景になってしまうことには違いない。それでも彼の食事風景は、とんでもなく綺麗だ。見ていて飽きない。こっちが食べるのを忘れてしまいそうになるくらい……なんて言ったらきっと惚れているから、という理由になってしまうんだろう。
「うん。惚れ惚れしちゃう」
 そもそも、食は生きていく上で必要不可欠な最重要ポイントだ。だからきっと、幸福を感じるようにできているのだ。人型の生き物も、そうでないものも。野生生物であれば食事を確保できるかどうかは生死に関わるので余計にそのきらいがある。けれど彼はそんな経験もないだろうに、いつだって全身から「僕は今世界で一番幸せです」と言いながら食事をするのだった。それを見るのが好きだ。こっちまで幸せな気分になる。
「む」
 彼は不思議そうな顔をする。それもそうだ。だって彼はいつもどおりの日常を送っているだけ。その一コマを切り取って褒めそやすのだから、何がそこまで良いのかがわからないんだ。
「きみにとっての幸せはさ」
「無論!若様のお役に立つことだ!」
「ふふ。でも君はごはんを食べているときも幸せそうだから、ちょっとずるい」
 ずるい?と首を捻る彼。また一つ、大きく切った一口分のハンバーグが疑問の口の中に消えていく。滴った肉汁は皿を濡らす。少しだけ舌を出して唇を舐める動作があんまりに素敵で、少しだけ言葉を続けるのを躊躇った。私が喋るよりもきっと、彼がただもくもくと食べ続ける方が世界の有効活用じゃなかろうか。
「だって毎日三回もきみを好きになっちゃう」
 彼にどうしようもないほど惚れているのは事実だ。疑いようもない。けれど彼への好意はどんどん募っていくばかりの青天井。こんなに好きになってしまったら、私はどうすればいいんだろう。彼を好きになったところから始まった人生だからそんなこと誤差みたいなものなんだけど、底知れない怖ささえ感じるのだ。だから彼を、ずるいと思う。
「そ、そうか、そうか!」
 はにかんで、あくまで小悪魔で言った。それなのに彼はぱあ、と満面の笑みで言うもんだからもう完全敗北なのだ。ミステリアスでクールな少女でいたいのに、一番そう振る舞いたい彼の前ではすぐに崩されてしまう。
「そういう、ところが。ずるいの」
 思わず頬を覆う。しゅう、と灼けるほどの体温。ああもう、本当にずるいんだから!






2021/03/28に開催されたエア夢道楽様の当日企画(ペーパーアンソロ)で、「しあわせ」をテーマとして書かせていただきました。ありがとうございました!

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